師匠と弟子と

 昼食後も孤児院の見学は続いた。


「賛美歌も見事だが、なぜワルツを歌で……いや歌でもない、なぜ口で演奏できるわけ⁉」


「楽団呼ぶお金がなかったからです。貧乏だと楽器も揃えませんから。頭を使わないと」


 クリシュが言い切った。


「簡単ですよ。ドンツタッドンって言えばドラムになりますし、ボンッボンッって言えばバス。トゥルールーって言えばバイオリンっぽくなりますよね」 


 ナンダコレハ……


(読み書きができ、計算ができ、刃物を振るい、料理をし、音楽を奏でる孤児たち? 貴族の子よりも賢くて、役に立って、教養があるということじゃないの。こんなこと、教会が許すはずないじゃない)


「じゃあみんな。最後に聖詠を捧げて終わるよ」


「聖詠ですって!」


 シャルドネは久しく聞かない単語に耳を疑った。しかし孤児たちは流暢りゅうちょうに聖詠を奏でた。


「「「讃えよ 讃えよ 我が名を讃えよ

 我を讃える者 平等であれ

 富める者も 貧しき者も

 老いる者も 若き者も

 男なる者も 女になる者も

 全ての者に 知恵を与える

 全ての者は 知恵を求めよ

 知恵を求む者 我が心に適う

 知恵を求む者 男女貴賤別無し」」」


 空気が変わった。シャルドネはそう感じた。


「じゃあ、音楽の時間はお終いです。休憩」


 クリシュがそう言うと、子供たちは歓声をあげ、外へ遊びに駆け出した。


「では次は図書室に案内しましょう」

「図書室?」

「ええ。こちらです。クリシュも一緒に来てください」


 バリューが扉を開けると、広い部屋にはぎっしりと本が詰まっていた。手前の本棚には学園で使っている教科書が沢山あった。ここ数十年と変わっていない教科書。基礎学の教科書が20セット以上ある。


「こんなに同じものがあってどうするのよ」

「ああ。学園の卒業生に寄付を頼んだら皆様もう使わないからと教科書を下さりまして。せっかくですから教科書として活用させて頂いています」


「…………教科書として?」

「ええ。今日は5歳の子供の学習でしたが、8歳にもなるとこの教科書で学んでいるのですよ、シャルドネ先生」

「え?」


「僕は今ここら辺の勉強をしています」


 クリシュが指を差したのは、3年生になって初めて手にする領主コースの教科書。経営学や歴史、地理など。


「まさか……」

「これくらい分からないと、お父様のお手伝いは出来ませんから」


「まあ、クリシュは特別ですが、孤児は10歳でここを出なくてはいけませんから、それまでに学園の1年生程度の学力は付けれるようにしていますよ」


「バリュー先生。今度は狩りの授業も作ったらどうかと思っているのですが」

「狩りですか?」


「はい。僕今、料理長から狩りを習っているのですが、狩りができれば食料も安定しますし、勉強より体動かしたい生徒も多いんですよ。もちろん基礎学力を身に着けてからの話なんですけど、そういう人材も増やしていってもいいかなって思ったんです」


「そうですね。考えてみましょうか」

「よろしくお願いします」


 2人の会話を聞きながら、シャルドネは現状を認識するのが精いっぱいだった。頭が拒否していた。そんなこと現実にあってはならないと。


「クリシュ君。案内ありがとう。これからバリュー神父とお話するから下がってもらえるかな」


 シャルドネがクリシュを外に出すと、バリューに言った。


「あんた何考えているの? 教会を敵に回す気! 異端として追放でもされたいの!」


 怒っているが声は小さい。聞かれてはまずいから。


「聖詠にもありますよね。全ての者に知恵を与える、と」

「建前よ。だいたい教会が聖詠無視しているじゃない。聖詠知っているなんて、教会関係者でもマニアくらいよ」

「そうですね」


「シャンパーニが学園を改革しようとしているけど、ここまでじゃないわ。あくまで教会の意に反しないよう気を使いながら、裏をかこうと画策しているのよ。それくらい慎重なの。それをあんたはやりたい放題! はぁ。どうするのよ。教会の監査とか入らないの?」

「入っていますよ」

「え?」


「マックス神官。先ほど領主への手紙を託した方ですね。彼は教会本部から送られてきたスパイです」

「え?」

「呼びましょうか?」


 バリューは扉を開けると、廊下にいた孤児に神官を呼ぶように頼んだ。

 すぐにマックスは部屋に訪れた。


「マックス神官、こちらが私の学園の師シャルドネ先生だ」

「存じております。先生は学園でも有名でしたから」


「先生。こちらがマックス神官です」

「よろしく」


 生徒が多い学園。生徒全員は覚えられないのが現実。


「マックス神官。先生に君の素性は話したが、改めて君の口から真実を伝えてくれないか? 信じていないみたいでね」

「分かりました」


 マックスは、特許でレイシアがやらかした奇跡だけは隠しながら話した。教会でスパイとして派遣されたこと。ここターナーに来て孤児の教育に感動したこと。バリュー神父の考えに賛同して師弟の関係になったこと。教会には偽の報告を上げ、これ以上興味を持たれないようにしていること。


「なんてことを……」


「先生。私は先生に出会えて、初めて生きる意味を見せてもらえました。私は孤児たちに生きる意味と仕事を持てる知識を与えたいのです。先生が私にして下さったように」


 バリューの真っすぐな瞳と言葉に、シャルドネはあきらめたように言った。


「やりすぎだよ馬鹿弟子…………がんばったな」


 シャルドネに認められ、バリューの顔がほころんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る