やり直しで温泉

 レイシアとサチがターナー領に近づく。ぼんやりとした灯をつけながら。


 レイシアとサチには便利だが、夜回りをしている衛兵にとっては、遠くに見える得体のしれない明かりはとても怖い光景。ランタンの灯のような小さいものではない明かりがゆっくりと移動したかと思うと、急に変な方向へ一瞬で移動したりする。ありえない明るさの灯と、変な動きは人間の行動を逸している。


「レイ! もう獲物狩らなくっていいよ」

「ごめん、つい」


 灯が一定しないのは、レイシアがいちいち獲物を狩りたがるから。


「元孤児のあたしより貧乏性ってどうなの、レイ!」

「えっ、もったいないから」


 そんな楽しそうな会話は聞こえない衛兵には、その灯は鬼火か人魂にしか見えない。動物や魔物であれば覚悟もできているが、物の怪相手ではいかんともしがたい。報告のため官舎に戻った。


「怪しげな光がこちらに向かって近づいております」

「なんだそれは?」


 報告を受けた同僚も戸惑うばかり。たまたま、見回りをしていたメイド長がその話を聞くと、「きっとあの子らレイシアとサチね」と感づいた。


「心当たりがあるわ。私にまかせなさい」


 そう言うと、光の方へ駆け出して行った。



「何をやっているんですか! あなたたち」

「あわっ、師匠!」

「お久しぶりです。メイド長」


 サチはヤバいと思い、レイシアはいつも通り。


「まったくあなたたちは。……サチ、どうしてこんな時間に歩いているのですか! 宿屋に泊まりなさい」


「いえ、あの、これは」

「私が提案したんです。早く帰りたいって」

「それを止めるのがあなたの仕事ですよ、サチ」

「申し訳ありません」


「はぁ~」

 メイド長は大きくため息をついた。


「とりあえず、その灯を消してください。物の怪と間違えられて大騒ぎになる寸前でした」


 レイシアはあわてて灯を消した。


「それから、まっすぐ帰るのはおやめください。クリシュ様が、お姉様帰省サプライズパーティを企画している最中です。今帰ったら、元も子もなくなってしまいます。レイシア様、2日後にお戻りください」


 もはや伝統となったお帰りなさいパーティ。レイシアがサプライズで帰って潰していいものではない。


「まあ! クリシュがそんなことを」

「レイシア様。クリシュ様の努力を潰したくありませんよね」

「もちろんです! じゃあ、王都まで帰りますわ!」


「やめて—————」


 サチが叫んだ。


「レイ、いやレイシア様。隣のアマリーで2日過ごせばいいのです。落ち着いてください」

「そうね。落ち着きましょう」


 レイシアとサチは、「す—————」「は—————」と深呼吸した。


「よろしいです。では、きょうはこちらでお休みください。誰にも見つからないように、5時にはアマリーに出発してください」


 メイド長はそう言うと、2人を温泉へ連れて行った。



 温泉の救護室。ここで一泊することになった。


「ねえ、せっかくだから温泉に入らない?」

「いいんですか?」

「大丈夫よ。他に人がいないし」


 レイシアはサチを連れて貴族用の更衣室へ向かった。

 服を脱ぎ、外に出ると、月の光が波打つ温泉にはじかれ、キラキラと水面を輝かせていた。


「きれい」


 レイシアは立ちすくんでその水面を見つめていた。


「さあ、体洗いますよレイシア様」


 19歳の誕生日が過ぎたサチがレイシアを洗う。レイシアは月の光に照らされたサチの女性らしい体つきと自分の6パーセント減った胸を見比べながら言った。


「サチ、私も成長できるかな」

「何を言っているんですか? レイシア様」

「お母様もプロポーションよかったし、サチも胸が大きくてうらやましいし。わたしはちっちゃいから」


 サチは笑った。


「レイ、あんたまだ14歳だよ。これから成長するんだから。まだまだ大きくなるよ身長も体も。お母様に似ているんでしょ。お母様みたいになれるよ」


「そうかなぁ」


「そんなもんよ」


「サチ」

「なに」

「お母様みたいにギュっとして」


 サチは一瞬驚いたが、孤児院で不安に駆られた子供たちをぎゅっと抱きしめて安心させていたなと、昔を思い出した。


(レイも頑張り過ぎだからな)


 そう思って、頭をなでてから背中越しにギュッと抱きしめた。


「これでいいかい、レイ」

「うん。もうちょっとだけこのままで」


「大丈夫。レイは頑張っているよ。安心して頼っていいから」

「うん」


 月の明かりが2人を照らす。静かな静かな時間が流れる。


「くしゅん」

「レイ、そろそろ温泉に入ろう。温まらないと」


 サチは体を離した。レイシアにお湯をかけて石鹸を流してから、手を差し伸べた。レイシアはサチの手を取り、一緒に温泉につかった。


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