閑話 とある料理人の成功

 あの時までは、うちの店ホント潰れる寸前だったんだよ。


 あの災害、ターナー領を襲った崖崩れの影響で、ちょっと贅沢な外食なんて誰もしなくなった。復旧でやってきた冒険者なんかは安い店に行く。たまに来る国のお偉いさんや教会の関係者は、もっと上級の店に行った。うちみたいな中堅の、いや、中途半端か。そうさ、うちは中途半端だ。一流でも大衆でもない中途半端な二流の店。それでも、庶民がちょっとしたお祝いに使ったり、法衣貴族が気軽に寄ったりする必要な店なんだよ。災害前までは……。



 借金だけが嵩張かさばる。店を開いているからこその許される借金。無理して開け続けるにも限界がやがて来る。どうしようか。今のうちなら辞めてしまった方が……。嫌な考えが頭をよぎり眠れない。


 そんな時だ。教会で『すーはー』を終えた時、領主様が演説を始めた。


「領主のクリフト・ターナーだ。皆、あの災害から今まで本当に苦労をかけた。感謝している。私たちは、耐えに耐えてきた。復興の名のもとに頑張ってきた。街道を整え、農地を作り直し、木を植え、一つ一つていねいに直してきた。本当に頑張ってくれた。感謝をここに表す。ありがとう」


 領主様が頭を下げる。みんながざわついた。領主が頑張っていて、いい領主だというのはここに住む者はみんな思っているんだ。でも、頭まで下げるなんて思いもよらなかった。


「これから、私は皆と一緒によい領を作りたいと思っている。これからは耐えるだけではだめだ。喜びと楽しみと希望の持てる領地経営を目指そうと思う。我々に必要なのは祭りだ! そうだろう」

「おお—————」


 盛り上がる人々。ざわめきが止まらない。


「今より、『サクランボフェスティバル』を開始する。皆、アイデアを出し合って盛り上げてくれ。最終日は今月の28日。サクランボ料理コンテストを行う。優勝者には賞金として金貨1枚を進呈する。プロ、アマ、両方のコースを用意するから、腕自慢の奥様たちも参戦してくれ。皆でターナーをサクランボ王国にしようじゃないか!」


 料理コンテスト! プロアマ両方のコース! もしこれに出られたら、もしかしたら店が上向くかもしれない。しかも優勝が金貨! 俺はここにかけることにした。



 皆が食べたことがない新しいサクランボ料理。俺は親戚中回って金を借りた。駄目なら店を売って金は返すからと。しぶしぶだが皆貸してくれた。そんな時、王都から来た商人が、最近王都で流行っているという握り飯という米を使った料理があるそうだ。レシピを買い米を仕入れた。まだここでは浸透していない料理。俺はそれにかけた。


 レシピ通り米を炊きベーコンを炒め中に入れ固めベーコンで巻く。美味い! これの具材をサクランボにジャムにしてみた。


「食えたもんじゃねえ」


 思わず吐き出してしまった。甘いジャムは米に合わない。しかしもう、米は大量に仕入れてしまった。いまさら食材を変更できない。何とかしないと。店を閉め、とにかく実験を繰り返した。

 米は甘味より塩味しおみだ。俺はジャムをベースに辛さと塩で甘辛いソースを作った。ボアの肉を細切れにし焼きながら和えて、まったく新しい味覚を生み出した。それを具材にし、さらにサクランボのジャムも入れる。規定の「ジャムを使った料理感がでた。しかし、何かが足りない。これで、オリジナルといっていいのか? 優勝しなければ店は売り払うことになるんだ。考えろ、考えるんだ!


 そうして、甘さ、辛さ、塩味の他に、チーズを入れコクと風味を足し、さらに小麦粉と卵とパン粉で衣を作り、食感と食べ応えを増した。



「第三位。森の恵みのアラカルト」


 審査発表が始まった。三位。俺の料理じゃない。ほっとした気持ちとここでもいいのにと言う気持ちで揺らぐ。心臓が破裂しそうだ。


「第二位。山鳥のテリーヌ、サクランボのソースを添えて」


 俺じゃなかった。一位だ。俺が一位。でなければ俺は……。


「そして、第一位」


 楽団がファンファーレを鳴らす。早くしてくれ。受かるのか、ダメなのか。

 俺の人生がかかっているんだ。頼む。

 

 ファンファーレが終わり、静まった会場に商業ギルド長の声が響く。


「第一位。サクランボジャム入り握り飯のフライ。とろけるチーズが味の決め手」


 ……俺だ。俺の料理だ!


「うおおおおお—————」


 俺は雄たけびを上げた! これで、これで店は何とかなる。舞台に上がり皆に祝福された。


 その後、客が殺到した屋台で大変な目に合うのだが、それは嬉しい悲鳴だ。


◇◇◇


 そうして、店は人気店になった。借金ももうじき終わる。

 ところが商業ギルド長に呼び出され、とんでもないことを告げられた。


「これが、お前が開発した米を油で揚げる料理の特許料だ。金貨で3枚と銀貨1枚と小銀貨4枚だ。来年は10倍20倍、いやそれ以上の金が入ると連絡が来ている」


 は? どういうこと?


「なんかな、レイシア様がお前の調理法に特許を付けたらしい。特許料はレイシア様が払ったので、今回の特許料から差し引いたのがこの金額だそうだ。レイシア様に感謝するように」


「貰っていいんですか?」


「ああ。お前の金だ。いらないなら商業ギルドに寄付してもいいぞ」


「貰いますよ」


「そうだな。でも教会には寄付をしておけ。特許は神の恵みだからな。それから、来年から税を上げることになるから。それ以上に金が入るぞ。うまい話に騙されないようにな。なんなら領主様に相談してこい。お嬢様のやらかしだ。話くらい聞くだろう。間に入ってやるから呼び出されたらすぐに来い。いいな」


 ギルド長に言われ、教会に行って神父様に話すと、「レイシア様のやることだから、あまり気にせずありがたく貰っておくように」と言われた。貰った分の銀貨をすべて寄付して、残りの金貨で借金は全て清算できた。


 本当に感謝してもしきれない。夏のお祭りもレイシア様が提案したそうただ。領主様にあったら、感謝を伝えよう。心からの感謝と寄付を。



 来年、とんでもない金貨が運ばれて、ギルド長と領主と俺が頭を抱えるとは、この時は思いもよらなかった。

 


 

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