閑話 レイシアからの報告
冒険者コースの体験研修から帰ったレイシアが、学園長室に「報告があります」と訪ねに来た。私は慌ててシャルドネを呼ぶように秘書に伝えた。
まったく、次から次とこちらの斜めを突き進むレイシア。他の教授を巻き込むには問題が大きすぎる。どうやって薄めながら伝えようかと考えることが多いのに、また何をやらかしたんだ。私1人では荷が重すぎる。シャルドネ先生を巻き込まないと。
「また呼び出し? 偉くなったからって私をあごで使い過ぎじゃない、シャンパーニ」
「今は学園長ですよ、シャルドネ先生」
「教え子は教え子よ」
「そうですね。あなたの教え子のバリューの弟子、レイシアの事です」
「また? 今度はなにしたのよ」
「今から報告に来ます。一緒に聞いてください」
「しかたないわね」
バリュー、お前は一体弟子に何教え込んだんだよ。シャルドネの顔にもそう書いてあるように見えた。
◇
「新しい魔法を見つけました!」
レイシアは嬉しそうに言った。
「「はあ?」」
新しい魔法だと! 次から次にそんなに簡単に発見できるのか? もしかして作っているのではないだろうな。
「暗い所でも、夕方の町中のように見える魔法です。属性は多分闇魔法ですね」
暗い所が明るく見える? しかも闇魔法? なんだそれは?
「下水溝に潜ったとき、ライトの魔法を禁止されたんですよね。見えたらいいな~って思ったら見えました」
見えましたってなんだよ。その、のほほんとした感想は。
「で、レイシア。なんで闇魔法って分かったのかな?」
シャルドネが食いついた。まかせておこう。
「なんとなくです。本当ですよ。水の魔法を使う時は一瞬水滴の映像が浮かぶんです。光はキラッとした光の粒。火は赤い点。土は宝石?なのかな? 今回は一瞬頭の中が真っ黒に塗りつぶされたような感覚があったんです」
「ほう。それは興味深いな。多属性でなければ気がつかないのか? それともレイシアだけに起こる現象なのか。サンプルが少なすぎるな」
「でも、そうなんです」
三人で頭を抱えた。サンプルが少なくてはどうしようもない。
「ところで、他の者にも出来そうなのかな?」
私はレイシアに聞いてみた。
「さあ。そもそも闇魔法を持っていて使えるように登録している人なんているのですか?」
いないな、そんなヤツ。
「いないなら調べようがありませんよね。闇魔法だけ登録? あっ!」
「どうした、誰かいたか?」
「私、6属性なんですよ。46656分の1で夕方の明るさなら、1属性とか2属性だと目がつぶれるほど明るくなるんじゃ……」
「「はぁぁぁ—————」」
「表に出さない方が良さそうですわね」
シャルドネが余所行きの言葉遣いで話し始めた。
「そうだな。レイシア、この偉業も発表できない。いいかな」
「そうですね。危険すぎますよね」
はぁ—————
いつもこんな感じになるのはなぜだろう。ため息でこの話し合いは終わった。
◇◇◇
レイシアから、レポートが届いた。シャルドネに丸投げしようとしたが、「私はAクラス担当ですので」と逃げられた。
「あなたの改革なのですからご自分でして下さい。興味深いですが今は忙しいのです。冬休みにでもじっくり精査しますので」
と言われたら仕方がない。他の教授には任せられないからな。改革の上でも、レイシアの異常性でも。
まずは1本目。「ターナー領における、夏祭りの開催のプロセスとその結果」
分厚い。よくこれだけまとめたものだ。グラフもあるし会計報告?
これ、領から出してはいけない極秘情満載なのでは。
それにしても総責任者がなぜレイシア? しかも準備期間が3週間? 信じられないが、詳細なレポートには破綻がない。信じられないことだらけだけど。
どうなっているんだ! 分からない。分かりやすいレポートだが分からない。これは公表できるものではないな。少なくとも、レイシアが4年生になるまでは。それに領主の許可も必要か。まあいい。評価はS 未公開扱いだ。
◇
次が2本目。「潰れかけの喫茶店における再生の記録」
なんだこれは! 再生どころの話ではない! 新しいメニュー開発。メイドの服を着ての見たこともない新しい接客。客層の変化、客数の増加。メニューをしぼり、滞在時間を決めてしまう全く新しいシステム。バイトの育成の構造化。
なに! 新店舗計画における資金調達と運営の複合化だと! 何をしているんだこの店長。いや、責任者レイシア・ターナー? カミヤ商会とオズワルド・オヤマーが計画に絡んでいる? 会計がカミヤ商会? しかも特許が2件通っているだと! なに、そのうちの一本がレイシア名義。
だめだ。私だけでは抱えられない。シャルドネとレイシアに明日来るように伝言した。
◇
午前中、シャルドネが来た。
「だから、レポートの関しては後でゆっくり見るからっていったよね。今の研究が過ぎるまで呼び出すなと!」
「いいから、読んでください、先生」
無理やり、喫茶店のレポートを押し付ける。不満そうに見ていた先生の表情が、次第に真剣さを増していった。
「これは」
「どうです。にわかには信じられないでしょう」
「レイシア。あの子おかしいわ」
「では、午後からレイシアに、学園長室に来るように言っています。それまで質問項目の打ち合わせをしたいのですが、よろしいでしょうか」
「仕方ないわね」
そうして、レポートと私が上げた問題点を確認してもらった。
◇
「「そうですか……」」
レイシアに問題点と確認を終えた私たちは脱力してしまった。
「つまり、どっちも思い付きだけで始めたわけね」
「そうですね。そう言われてしまえばそうなりますね」
「それが、こんな
「え? 順番でやっていっただけですよ。普通にやっていっただけですが。ぜんぜん大変じゃなかったですし」
「変よ! 普通は大変なのよ!」
「そうですか? みんな協力的でしたし、全然大変じゃなかったですよ」
シャルドネとレイシアが話をしているが、全くかみ合っていない。
「はぁ。そうね、私が普通とか言うとは。レイシア、バリューはあなたにこう言ってなかった?『常識を疑え』って」
「いいえ? なんですかそれ?」
「そう……。あいつ、そもそも常識を教えてなかったのね!」
「「えっ?」」
「私がヤツに教えたのよ。常識を疑えって」
「先生昔から言っていますよね」
そうそう。先生のゼミでは当たり前のことを言うといつも言われてたんだよな。
「レイシア、あなた5歳からバリューに勉強を習ったのよね」
「はい」
「貴族のマナーは?」
「母親から少し。でも7歳の時に亡くなりましたので、それ以降は習っていませんね。そう言えば習っていません」
「それよ!」
机を叩いて立ち上がったシャルドネ先生は、そのままガックリとイスに座り直した。
「そうよ。常識を疑うためには、常識を知らないとできないのよね。はぁ〜」
何を言っているのですか? 先生。
「バリュー……あいつという男は……」
ガックリと力を抜いたシャルドネ先生。もういいのかな? 私は、レイシアに質問をした。
「レイシア、話は変わるがこの喫茶店、例えば貴族街で行ったらどうなると思う?」
場合によっては、真似をする貴族が出てくるだろう。そう聞いたら、レイシアは首を振った。
「流行らないと思います」
「なぜだい?」
「だって、貴族がメイドから給仕されるのは日常じゃないですか。わざわざ喫茶店でメイド、しかも素人のメイドに給仕されて嬉しいですか?」
そう言われればその通りだ。
「それに、一番の売りのふわふわパンの作り方は、特許で囲われています。オーナーと私の許可がないと特許は取れないのです。以前、噂を聞いた男爵が無理やり脅しに来たのですが、追い返しました」
「大丈夫なのか! 何かあったら学園に相談しなさい!」
「はい。まあ、その時は雇われた荒くれ者は私とサチ、私の従者と2人で二度と来られないように追い払い、男爵の方は神の怒りに触れたと謝りに来ましたので、特許の力は凄いものだと分かりました」
………………何を言っているんだ?
「ですから、貴族街では流行らないと思います」
ニコニコ話すレイシアを見ながら、常識は大切だと心の中から思った。
私は、シャルドネ先生と目があった。多分同じことを考えていると分かった。
((バリュー、何仕込んだんだ))
もう無理。私達はレイシアを帰した。ため息をついたシャルドネ先生は、
「今日はもう研究できる気力がない。飲み行くよシャンパーニ」
と、学生に話しかけるように私を誘った。
ええ、もう今日は愚痴りますよ先生。バリューを育てたのは貴女なんですから。
私は秘書に、レストランの予約を頼んだ。
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