閑話 冒険者ルルの戸惑い
またこの時期が来た。
私たち『黄昏の旅団』はリーダーが学園の卒業生のせいか、ことある毎に授業への依頼が来る。まあ、王都をベースにしたCランクは少ないしね。
ランクを上げたきゃ辺境に行くのが一番よ。一攫千金狙うのも狩場があっての事。王都にしがみついてるのは危険を避けるためよ。命大事だし、Bランクを目指しているわけでもない。そろそろ安定したギルド職員目指してもいいかな。
ヤロー共は、学園の職員になりたいとか店を開きたいとかいろいろ言ってる。ま、そのためにはあと1~2回くらいはでかいミッション受けないと。お金も信用も貯まらないからね。3年、いや2年以内にお金貯めないと。体力あるうち冒険者の辞めないとひどいことになるから。
だから学園の依頼は信用を上げるのには最適なのよ。安全だし、金払いもいいしね。そして私たちは学園の新入生の一泊体験のサポートを受けることにした。
◇
「女子だけか。じゃあ引率も女性がいいよな。ルル、君が担当してやれ。それからこのグループにレイシアも混ぜなさい。引率の手伝いみたいな感じでいいから」
一週前の顔合わせ。私は女生徒だけのグループに配置された。まあ、貴重な女性冒険者だからね。当然の配置だね。ただ、一人グループに追加された子がいるわ。いるよね、なじめない子。ぼっちってやつ? 私はその子を眺めた。
…………隙が無い。
「あ~、そこにいるレイシアはCランクの冒険者カードを持っている。補助役として連れて行ってくれないか?」
教師が私にそう言った。Cランク冒険者? 私は耳を疑った。
「Dランクですか?」
「いや、Cだ。レイシア、ギルドカードを」
ギルドカードは確かにCランクを示していた。こんな小さいのにCランク? ありえない。武器をみせてもらうと、ナイフとかフォーク? なめてる?
「レイシア、あなたの武器暗器ばかりね。ショートソードとまではいかなくとももう少し刃渡りのあるきちんとした剣みたいなものがあった方がいいわね」
私はそうアドバイスした。まあ、次の体験じゃ短刀ひとつあれば十分なんだけどね。荷物重くしなさい、新人さん。せいぜい頑張ることね。どうせ高パーティに混ざってランク上げ
◇
と、思っていたのよね。
レイシア、あなたなんでテーブルで食事始めるのよ。どこから出した?
「カバンです」
いや、さっき見たけどおかしいよねそれ。
「食事の準備ですよね。なにか間違っていました?」
間違ってはいない。食事の準備をしているのは間違っていない。でも…………
「大間違いよ—————!」
私は叫んだ! おかしいよ、この状況。
女生徒たちが食事を前にして貧民の子供の様になっている。私はレイシアに聞いた。
「食料、どれだけ持ってる?」
「調理済みなら2週間分あるかな。肉だったら半年くらいはあります」
なにそれ。まあいいや、ツッコむのにも疲れた。
「あの子たちに分けてあげられる?」
「いいですよ。ルルさんもどうぞ。イスは用意できないので、立食スタイルでいいですよね」
レイシアは、カバンから料理を出してはテーブルに乗せた。ここ、どこのパーティ会場よ。
生徒の一人が手を出す。
「待って!」
レイシアが止める。
「皆さん。料理を召し上がる前に手を洗いましょう。こちらにお越しください」
カバンから台をタライをだして、水を張った。
「貴重な真水を!」
私は叫んだが、レイシアはあわてもしない。
「いくらでも出せますから」
いくらでも出せる? いくら入っているの、そのカバンに。
生徒たちが手を入れて洗うと、水は真っ黒になった。
「ほら、ルルさんも」
これだけ汚くなったらもう飲むことは出来まい。私も手を洗わせてもらった。
「まっくろですね。では一度捨てて」
レイシアはタライの水を下水に流し、タライを洗ってまた水を張った。
水の無駄遣いだよ!
「はい、もう一度すすいでくださいね。さっきの汚い水が手についていますから」
そう言って手を洗わせては、一列に並ばせ、仕上げに一人一人の手に水をかけてはハンカチで拭かせた。
「はい、ルルさんも早くしてください」
戸惑いながらも、手を洗った。
◇
「紅茶は利尿作用があるので、まずはお水をお飲みください」
テーブルには、人数分のカップ。水差しでレイシアが水を注いだ。
喉が渇いていたのか、一気に飲み干す生徒たち。
「食べ物は沢山ありますから、あわてずに食べて下さいね」
むさぶるように食べる生徒たち。もうマナーとか言ってられないみたいね。
食べるだけ食べて満足した女生徒たちは、疲れと緊張が取れたのかその場で倒れるように眠ってしまった。
◇
「はい、ルルさん。まだ食事していないですよね」
そう言ってレイシアは私にパンのようなものを渡した。野菜も肉も挟まっている。
柔らかいパン? なにこれ?
「ガブッっといっちゃってください」
おもいきりかぶりつくと、ほんのりとした塩味のパンが温かい肉汁を吸い込んで旨味の塊が口の中に広がる。さらに野菜のシャキシャキとした新鮮さと肉の柔らかさが不思議な歯ごたえを生み出す。
「おいしい」
あっという間に手の中にあったパンは消えてしまった。
「もう一ついります?」
私は首をこくこくと振り、「下さい!」と叫んだ。
◇
その後、女生徒を叩き起こしては移動し、それなりに寝られるように支度をさせてから眠らせた。
「この子たちに、夜の見張りの交代は無理そうね」
私がつぶやくと、レイシアは「そうですね」と答えた。
「じゃあ、私と交代で
「そうですね。どれくらいで交代したらいいのか分からないので、後にします。交代したら朝まで起きていたらいいんですよね」
「そうね。そうしましょうか」
「では先に眠らせて頂きますね。寝床準備します」
レイシアはあろうことか、カバンからベッド一式を出した。
なにぞれ—————! 私は叫びたいのを我慢した。生徒が寝ているから。
「寮のベッドです。借りてきました。ああ、交代したらお貸ししますのでゆっくりお休みください」
「あ、ああ…………ありがとう」
「じゃあ着替えますので。見ないで下さいね」
寝巻に着替えたレイシアは、あっという間に眠りについた。
おかしいよ、この状況。野営でベッド? 聞いたことがない。
それでも、交代した後ベッドで眠ったら、それまでのレイシアにかけられた疲れが朝には無くなっていた。
◇
目が覚めると、レイシアは一人で訓練をしていた。かなりきつそうな肉体訓練。
「おはようレイシア。何しているの?」
私が聞くと「メイドの基礎訓練です」と答えた。
メイド? 今のメイドってこんなに訓練しないといけないの?
「日課なのでもう少ししたら終わりますから少し待っててください」
毎日これをしているの? マジか!
レイシアは訓練を終えると、ベッドをしまい、テーブルを出しては朝食の準備を始めた。
「昨日は本当は食事を与えてはいけなかったんですよね。今日はそうならないように先に食べてしまいましょう。ルルさんもいりますか? それとも向こうの生徒たちと食べますか?」
私は欲求に負け、レイシアから食事を恵んでもらった。
「ごめんなさい。訓練台無しにして」
レイシアが謝ったが、私には分かる。
「大丈夫よ、あの子たちあなたを見て心が折れたから。今日の課題はリタイアするでしょうね。それでいいのよ」
だって、私の心が折れたんだもん。こんな
案の定、全員冒険者コースを辞めることに同意して研修をリタイアした。
それでいいの。あなた達は未来ある若者なのだから。
まっとうな道を進みなさい。
レイシアは………… まあ、好きに生きたらいいわ。
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