210話 食事の準備は大変です

「あれは参考にしなくていいからね」


 ルルは必死に生徒たちに注意した。あんなこと目指されたって無理なものは無理! なかったことにして次に進んだ。


「このペースだと今日は泊まる準備だけで手一杯ね。簡単なことだけやりましょうか」


 ルルが説明を始める。生徒たちは焚き火を囲み暖を取りながら聞く。地下は夏でも肌寒い。匂いは麻痺してきたし、暖かいのと明るいので生徒たちは一息つけていた。


「いい、この転がっている赤とか青とかの小石。これが魔石ね。まあ役に立たないクズ魔石だけど。普通のネズミやコウモリならないけど、毒針ネズミや角ウサギのように魔物と言われるモノには体内に魔石があるの。死ぬと肉体は食べられて無くなるけど、魔石は残るわ。それが下水詰まりの元。だから、クズ魔石を除去しないといけないのよ。まずは通路のクズ魔石を一か所に集めてから回収すればいいけど道具がないから手で拾って集めなさい」


 ルルが袋を手渡すと、生徒たちはのそのそと動き出した。


「その袋に半分入るまで終わらないからね。ご飯の時間がなくなるよ」


 ルルがあおると、生徒たちの動きがましになった。


「私も拾ったほうがいいですか?」


 ルルが振り返ると、そこにはひらひらしたエプロンを着けて、ホウキとチリトリを持ったレイシアがいた。


「何その格好! 何でホウキを持っているの! どこから出したの!」

「カバンです」

「おかしいでしょ!」

「ホウキはメイドの必需品ですから」

「何でメイド!」


 とりあえず、しまうように指示を出したルル。レイシアはカバンにホウキを入れた。


「なんで入るの!」

「カバンですから」


 どう考えてもサイズがおかしい。底を突き抜けるはずなのに。


「見せてもらっていい?」


 ルルがガバンの中を見ると、中は空っぽ。手を入れてもすぐに底についた。


「ホウキは⁉」

「入っていますよ」


 レイシアが手を入れホウキを出す。カバンに対し長さ的にありえないホウキを見ながら、ルルがつぶやいた…


「それ、おかしいのホウキ? カバン? どっちよ」

「カバンかな〜」

「なんなのよそれ!」

「え〜と……、家宝?」

「そうなんだ〜って、おかしいよ!」


 おかしいよと言われても、入ってしまうのは仕方がない。自分が作ったのとは言えない。


「これは家宝なので、今は私にしか使えないんです。なんでこうなっているのかは分かりません!」


 そういうことにしておいた。実際なんでこうなっているのかレイシアにも分からない。


「そうなんだ。いいわねそのカバン。便利そうね」


 ルルも面倒くさくなって、考えないことにした。


「とにかく、あなたが手伝うとみんなが楽を覚えてしまいそうだから手出ししないでね」


 そう釘を刺すのが精一杯だった。



「ルルさん、トイレは?」

「ありません。そこらへんでしなさい」

「え~」

「出したものは下水に流しなさい」


「ルルさん喉乾いた」

「持ち物の水しかないわ。明日までペース配分大切にね」

「もうないわ!」


「るるさん、焚火が消えそう」

「消えたらつけ直すのが大変よ。頑張って」


「「「ルルさん、お腹すいた」」」

「仕方ないわね。じゃあ食事の準備にしましょうか」


 レイシアを関わらせないようにしたルルは、女生徒たちの不満を一斉に浴びながら指導していた。毎年こんな感じよねと思いながら。


「いい、冒険者は自分で自分のことが出来ないと死ぬから! 食事なんて自分で何とかしないと誰も分けてなんてくれないんだからね。水もね」


 そこへ、レイシアが声をかけてきた。


「あの、私はどうすれば?」

「ああ、あなたは自分の事は自分で出来るわよね。彼女たちを手伝わなければ自由にして。食事の用意とか大丈夫でしょ。食事終わったら声かけてもらえばいいから。そうね、さっきの曲がり角の手前くらいに離れて。こちらから確認できるように小さい灯だけつけてね」


 ルルがそう言うと、レイシアは「分かりました」と答えて歩いて行った。


 レイシアを遠ざけたルルが生徒の食事の様子を見る。調理などせず、固いパンと干し肉を出してかじる生徒たち。水が足りないのか辛そうにしている。乾きものしか食べていなくて水分を持っていかれて、口の中がつらそう。


(水は重いから、薪を持たせたとき捨ててきた子が多かったのね)


 それも体験のうち。いざとなったら、学園のサポートで水は手配できるようになっているのだが、それは生徒には内緒にしている。


「ルルさん、水が……」

「無駄遣いしないようにね」


 疲れと普段食べない保存食の食事に、不衛生な環境。先の見えない不安が生徒たちにダメージを与え続けた。


 そんな時、どこからかおいしそうな匂いが漂ってきた。ルルを含め全員が匂いのする方を探した。そこには



 

 メイド服に着替えたレイシアが、離れた場所でスープを煮ていた。


 女生徒たちのお腹がグーグーなる。食欲が刺激されたのだ。ふらふらと立ち上がりレイシアを見つめている。


 そろそろ調理が終わるのか、レイシアが鍋から離れなにやらごそごそしている。


 なにあれ⁈


 どこからかテーブルとイスが出て来た。さらにレイシアは畳まれた布をテーブルに置いた。

 レイシアが布の端を持ち、腕を振り上げる。布はひらひらと大きく広がって、ふわりと机をおおった。


 何事かと全員がレイシアのもとに駆け寄った。レイシアは意にも介さず食事の支度を続ける。


 レイシアがカバンからお皿を出すと、そこには野菜とお肉が挟まったバグットパンが乗っていた。次にサラダの入ったお皿が出てくる。

 煮込んだスープを盛りつけパンの隣に置くとスプーンなどを並べ、最後にクッキーとティーセットが添えられた。


 レイシアは、イスに腰掛け祈りの言葉を捧げようと手を組んだ。


「ちょっと待て~!」


 ルルが叫ぶ。


「レイシア、これは何!」


 ルルが聞くとレイシアは「夕食です」と答えた。


「そうじゃない! これだけの物どこから出したの!」

「カバンからです」

「どうやって!」


 そのカバンはさっき見た。確かに長いホウキがカバンに入るのは見た。でも……、


「絶対おかしい!!」


 ルルは声の限りツッコんだ。レイシアはきょとんとしたままルルを見ていた。


「薪は? 水は? なんで? テーブル? サラダ?」


 ルルはもはや単語しか出てこない。女生徒たちに至っては、テーブルの上の食べ物か火にかけられたスープを凝視しては、よだれが流れそうなのを必死でこらえていた。


「食事の準備ですよね。なにか間違っていました?」


 間違ってはいない。食事の準備をしているのは間違っていない。でも…………



「大間違いよ—————!」



 ルルはそう叫ぶしかなかった。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る