さあ冒険へ

 「ではこれから冒険者の体験授業を行う。今日の課題は」


 期待に胸が高鳴る学生たち。冒険者としての初めての仕事が何か、やっと発表される。


「今日の課題は、『下水の掃除』だ」


「「「ええぇ—————」」」


 騒ぎ出す学生たち。予想と一番遠い課題に不満を表していた。


「なんだぁ、まあ、何を期待していたのかは分からんでもないが、いきなり魔獣狩りとかはないからな。大体王都の冒険者の仕事なんか便利屋がほとんどだ。王都の周りには危険な狩場などないからな。お前らが想像している魔物狩りは地方の町のギルドで仕事を貰うんだ。なんで森も山もない都会で魔物狩りが出来ると思っている? それに、お前らみたいな冒険者なり立てにそんな危険な仕事ギルドが回すと思っているのか? 最初は掃除や配達、土木工事で体力と、仕事に関する真面目さを見て、それからランクを上げていくんだ。どぶさらいは初心者にとっていい金になる。これが出来なきゃ冒険者として生き残れないぞ」


 ブーブー文句を垂れる生徒の夢を潰していく教師。しかし、現実はそんなものだ。ターナー領のような森や山に囲まれた地域での初心者の冒険者は、薬草取りや木の実果物などの採取、ウサギ程度の狩りから始めるが、都会の冒険者は、便利屋をするしか食い扶持がない。力仕事なら、土木。用心棒や護衛はランクが上がらないと受けることが出来ない。


「何を言おうが、冒険者なんてそんなもんだ。やめたい奴は帰っていいぞ」


 やってられるか! と1チームが解散した。他のチームは組んでいる仲間の顔を伺いながら残るものが多数。全員がやめたいのなら帰るのだろうが、やる気の人間を残して帰るわけにもいかないのがチームの縛り。相談しながら残ることを決めていた。


「じゃあ各チーム下水溝の入り口に向かって出発。その前に荷物の整理をしようか。歩くのも大変そうなヤツらばかりだな。足りなさそうなものはこちらでも用意しておいた。必要な荷物と入れ替えるように。詳細は引率者に聞け。勝手な行動はしないことだ。では、明日の午後3時まで頑張るように。野宿体験も兼ねているから、頑張るように」


 生徒たちは、やる気をすっかり奪われたまま、荷物のチェックを受けた。



「はい、ここがあなたたちの入る下水の入り口よ」


 それぞれ、チームごと別の下水溝口から入る。チーム同士干渉しないように。


「中は真っ暗だからランプの火は消さないようにね。ランプは3つ。1つは私が持つわ。あと2つは誰が持つ?」


 ランプはリーダーのマキと、一番戦闘能力の低そうなミリが持つことになった。


「じゃあ、私から入るね。ランプを持っているマキは真ん中、ミリは最後に入って。レイシアはその後ろ。殿しんがりを務めてもらっていいかな」


「ルルさん、シンガリってなんですか?」


 マキが先導する冒険者のルルに質問した。聞いたことがない言葉だ。


「いいわマキさん。みんなも分からないときはすぐに聞くこと。知ったかぶりは怪我のもとよ。殿はね、最後尾で危険をさぐる役割を持つ人の事よ。背後は襲われやすいからね。あなたたちはラッキーよ。背後を気にしながら進むのはとっても大変だからね」


 ルルはマキをほめながら、注意事項を伝えた。下水はそこまで危険な生物はいないが、ネズミやコウモリ、毒虫やスライムなどの生物はいる。たいていは火を見ると逃げていくので危険はないのだが。


「だから、あなたたちは薪を背負っているの。拠点についたら焚火を絶やさないこと。明日出るまで薪を保たせないといけないから燃やし過ぎも注意ね。下水の中に木なんておちていないからね」


 生徒たちは多すぎる荷物を学校で選別させられ、代わりに薪を背負わされていた。町中を歩いている時、かなり恥ずかしかったのだが、理由を聞いてなんとなく納得した女生徒たち。ちなみにレイシアは引率扱いなので背負っていない。危険な時すぐに動くために身軽にしている


「じゃあ、入るよ。レイシアは必ずフタを閉めること」

 

 冒険者のルルはフタを開けて出てきたはしごを、ランプを持ちながら降りて行った。


「下は安全だから、続いて入りなさい」


 次々と、生徒たちが降りていく。


「くさい!」


 最初に降りたマキが叫んだ。タオルで鼻と口をふさいだ。


「下水は臭うよね。すぐに慣れるわよ」


 ルルは何ともなしに答えた。

 次々に女生徒が入ってくるが、みな反応は同じ。初めて嗅いだ下水の臭いに堪えられなさそうにしている。


 ランプを持ったミリが何とか下に降りたのを確認して、レイシアがはしごにつかまりながら下水溝のフタを閉めた。


  ギギギギギ—————、ゴトン。


 下水溝の入り口から煌々と入っていた光がどんどん細くなり、わずかなランプの灯だけが暗闇を際立たせる。


 少女たちが固まるように背中を合わせた。暗闇に戸惑いが隠せない。深呼吸をしようにも、あまりにも空気が臭すぎる。


 恐怖の中、手をつなぎ合う女生徒たち。叫びたいのを必死で我慢している。

 隣の友人の体温だけが、心の支えになっていた。


 その時、






「ライト!」




 レイシアが魔法を使った。下水一面に明るい世界が戻った。


「何これは!」

 ルルは叫んだ。


「あ、あの……特技です!」


 レイシアは答えた。なんとなく、魔法とは言わない方がいいかなと思ったから。学園長に「あまり人前で魔法は使わないように」と口酸っぱく言われていたから。


「特技……? まあ、その若さでCランクだから?」


 ルルは混乱しながらも、状況を受け入れレイシアに言った。


「レイシアそれやめて。生徒たちの実習の意味なくなるから」

「そうですね」


 それはそうかとレイシアはライトの魔法をやめた。辺りはまた真っ暗になった。


 冒険者2人の緊張感のないやり取りに毒気を抜かれたのか、女生徒たちは恐怖心が薄くなっていた。


「進もうか」


 あぜんとしながら発せられたルルの言葉に、生徒たちはコクリと頷き、無表情のまま黙々もくもくと歩き出した。

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