買い物しましょう

 教会を出たレイシアは、市場へ向かった。日曜の市場は人であふれている。


 泊まりがけの冒険は荷物が多くなる。必要な物は紙に書いてあったが実はそれが先生たちの罠。全部用意すると荷物を持ち歩くだけで大変なことになる。

 必要最低限の道具を見極められるか。これもテストの内だった。

 レイシアに武器を買うように仕向けたのも罠。今回の研修に狩猟は含まれていなかった。


 それでも、レイシアはサクランボのジャムで稼いだ資金を投入し、冒険者として必要な道具を次々に買った。


 レイシアには、究極のマジックバックがあるから。


 食料も、本来はカチカチの乾燥肉など保存優先で選ぶのだがレイシアの鞄にかかれば、熱いものは熱いまま時間を止めて保存できる。帰ってから自分で作った方がおいしいものが出来る。と材料だけ買って行った。


 紐、木桶、長靴、手袋、汚れてもいいボロの中古服、中古の寝袋、中古のテントなどなど掘り出し物を探していった。もちろん値切るときはやさぐれモード全開で!


「やっぱり便利ね、このカバン」


 レイシアはカバンの中を見たが、中は真っ暗くて見えなかった。不思議に思ったが魔法だからと考えないことにした。


「剣はさすがに市場では売ってないわね」


 レイシアは市場での買い物を終えて、商店街へ向かった。



 商店街は職人の町へ続いている通り。奥に行けば行くほど職人兼店舗のお店が多くなる。そしてガラも悪くなる。本屋や女性相手の小物、服飾系は入り口の近くに並ぶ。逆に武器や防具など鍛冶系や冒険者相手の物は奥に並ぶ。薬師がいる薬屋などは中間あたりに集まっている。


 レイシアは躊躇ちゅうちょなく奥へ奥へと進んでいった。


「ここね、師匠の言っていたお店は」


 小汚い小さな工房兼店舗に入っていくと、中には大小さまざまな包丁が所狭しと置かれていた。


「こんにちわ」


 声をかけると、奥から店主が顔を出した。


「なんか用かい嬢ちゃん。お使いか? お使いだったら帰りな」

「料理人です!」

「嬢ちゃんがかい? ははは、その制服学園生だろ。貴族の娘が料理人? んなわけあるか! 帰った帰った」

「帰りません。王都で買うならこの店に行くように師匠から言われてるんです!」

「ほう、誰が師匠なんだ?」

「サムです」

「どこにでもいる名前だな」


 店主はいぶかし気にレイシアを見た。


「だったら包丁を見せてみな。料理人なら自分で手入れできるだろう」


 店主は鼻で笑いながらレイシアに言った。レイシアは自慢げにカバンから包丁セットを取り出した。


「これが私の包丁です」


 店主は出刃包丁を手に取ると、検分を始めた。


「こいつは、嬢ちゃんが研いだのかい?」

「はい。もちろんです」

「うそだな。素人の研ぎ方じゃねえ。師匠とやらに研いでもらったんだろう?」

「違います! 私が研ぎました」

「…………こっち来な」


 レイシアを工房に連れて行くと、一本の包丁を出した。


「こいつを研いでみな。道具はそこら辺にある」


 レイシアは包丁をいろんな角度から眺めた。そして、作業場を確認すると砥石を選んだ。


「分かった、もういい」

「研いでいませんよ」

「動き見りゃ分かる。りんごむいてみな」


 店主がりんごを放ると、一瞬で皮をむき8ピースに分けた。


「研いでいない包丁では繊維に傷がつきますね」


 ふうと切り口を見ながら満足いかない顔をするレイシア。その光景をみた店主はとある人物を思い出した。


「お前……、サムってヤツか? 『ブラッディ・サム』の弟子か!」

「ブラッディ・サム? そう言えば、師匠が酔っぱらっていた時そんな二つ名があったと言ってましたね」

「ヤツか……」

「何かしたんですか、師匠」


「知らないのか?」

「はい」


「聞くか?」

「ぜひ」


 店主は昔話を始めた。もともと料理人として修業を終え田舎から出て来たサムは、王都でも一流店で新たに見習いから始め、やがてNo.5まで上り詰めた。しかし内部の勢力争いに嫌気が差し独立。店を構えたが、元の店の料理長の嫌がらせによって肉が買えなくなる。買えないならば捕まえるまで、と自ら獣を狩るようになる。やがて、ハンター料理人として一世を風靡した。獣の返り血をあびたエプロンをしながら狩りから帰る姿から『ブラッディ・サム』の二つ名がついた。


「だから師匠、狩りが上手いのですね」


 レイシアは、そんな師匠に狩りを教わっていたのだ。


「ああ。ヤツの弟子なら仕方ない。何が欲しいんだ? 好きに見て回りな」


 レイシアが店に戻ると、一本の包丁に目を奪われた。


「店長さん、これは!」

「それか。すげーだろう」

「はい! この大きさでどこにも狂いのない真っすぐな刃。いえ、少しカーブがついている? もしかして中と外で金属が違うの?」


「よく見てるな。これは東方の技法で作った包丁だ。特注なんだが、頼んだ奴が獲物を捕ろうとしてしくじってな。結局怪我の治療費やら料理人辞めるやらで買えなくなったんだ。こんな特殊な包丁、高すぎて誰も買わん。今じゃ店の飾りさ」


 レイシアは、その包丁に魅入られた様に眺めていたが、「私買います!」と手を上げた。


「おいおい、これが何を切る包丁か分かっているのか?」

「いいえ」

「だろうな。使用目的も分からん奴が買ってどうする!」

「狩りに使います」

「なんだと……」


「師匠に狩りも教わっています。ちょうど先生からも自分に合う武器を持つように言われていますのでちょうどよかったです」

「こいつを武器に……か……?」

「はい!」

「おかしくねえか?」

「役に立ちそうですよ」

「サムの弟子め。頭おかしくないか?」


 レイシアが包丁を手に持って構えた。爪に刃を当て刃の状態を確認する。


「切れるね、これ」

「もちろんさ。上ものだ」


 店主はそう言いながらも、レイシアが包丁の本質を見ていることに感心していた。


「値段は? いくら?」

「金貨2枚はするぞ」


 どうせ買わないだろうと、高めにふっかけてみた。


「いいわ。買った」

「本気か!」

「それだけの価値はあるんでしょう。いい仕事は値切れないわ。次に頼んだ時質が落ちるから。お祖父様がそう言ってたわ」


 店主は感動していた。仕事をこれほど認めて貰えたことはない。最高の誉め言葉だった。


「気に入った。嬢ちゃん、金貨1枚と銀貨5枚でいいぞ」

「本当に?」

「ああ。持ち運びが危ないからさやも付けてやる。とりあえず寄こせ」


 店主は包丁にゆがみや傷がないか丹念に確かめ、鞘に入れてからレイシアに手渡した。


「こいつは素人には研げない。使ったら毎回持ってくるように。銀貨1枚で研いでやろう。これでもサービス価格だ」


 レイシアは、必ず持ってくるように約束した。レイシアと店主は固い握手を交わした。




 こうしてレイシアは自分専用の武器を手に入れた。

 刃渡り63センチのマグロ包丁を。

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