閑話 弟子の教え子

 何、この状況……


 私は床に広がった、小銅貨の成れの果てを見ながら呆然とするしかなかった。


 金属が紙のようにペラペラになっている? 机に穴を開けて?


 なにが起きているの?


 大体、昨日からおかしな事ばかり。魔法で洗濯とか誰が想像する? 金属加工? 銅貨がふにゃふにゃと好きな形に変わる?


 …………私の常識を返して!


 バリュー、あんた学園にいた頃からおかしかったけど……あっ、ほめ言葉ね。あんたの弟子に何仕込んだのよ! 私はあんたにそんな教育


……受けさせたわ。そうね、確かに常識を疑えって教えていたわ。でもさ、あれはないんじゃない!


 私は昔の教え子の顔を追い出しながら現実逃避をしていた。


 しかし、いつまでも現実逃避してはいられないわ。レイシアが次とか言い出した。


 そこには、使い古された剣や盾など破棄寸前の武具や鉄くずがあちらこちらに置かれていた。レイシアに言われて我々が用意したものだ。かなり遠くに置いたものもある。


「じゃあ次は向こうに向かって土魔法を出してみて。思いっきりやっても大丈夫だから」


 リリーがとまどいながら「メタルプレス」と魔法を放った。


……

……

……


 武器が、鉄くずが……


 形を保つこともできず、はるか彼方の壁に潰され張り付いていた。


「大成功ですね。では、無事上官に報告できますね、リリーさん」


 呆然としているリリーに、にこやかな笑顔で話しかけるレイシア。


「「だめに決まってるだろう!」」


 私と学園長の声が合わさった。だめよ、こんなもの軍部に報告したら。


「レイシア、リリー。この魔法は危険すぎる。報告は控えてくれ」


 学園長がレイシアに伝える。


「せっかく見つけたのに、なんでですか?」


 レイシアは事の重大さに気づいていない。


「こんな魔法、存在したらやばいんだよ」

「存在してますよ」

「だからだ!」


 学園長、それじゃ伝わりませんよ。どうでもいい言い合いが続いていくだけです。私はテンパっている学園長を見ながら冷静さを取り戻していた。


「あのね、レイシア」


 私は学園長を止めながら優しくレイシアに語りかけた。


「あのねレイシア。この魔法の危険性、どれだけ危ないか分かる?」


「危険ですか? 金属をつぶしたり、加工するだけですよね」


 やっぱり分かってなかった!


「この机を見なさい。穴があいているの分かる?」

「あいていますね」

「これ、机だからこの程度の被害で済んでいるけど、例えば魔法をかけた方向に硬貨を持った人がいたらどうなると思う?」


「……やばいです! 人が穴だらけに!」


「そうね。しかも金属は硬貨だけではないわよね。全ての金属が飛び散りながら人に当たったらどうなるかしら」


「惨殺です!」


「惨殺って……。そうね、甚大な被害が出るわね。人も多く傷つくわよね。戦争だけで使っても、惨殺よね。やがて相手も研究して使えるようになるわ。そうなったらどうなると思う? 戦争が今より残虐になり、もしかしたら民間人、普通の人にも使われるようになるかもしれないわ。制御出来ない力は、悲劇を生むのよ」


 私の言葉にレイシアもリリーもうなずいた。


「知識はね、知らない方がいいものもあるの。この魔法は表に出していい魔法じゃないの。分かったわね」


「「はい」」


「まあ、レイシアが個人的に使うくらいはいいわ。危険性はなさそうだし。でもリリーはダメ。強すぎる魔法だわ。いい、魔法について新しい事を見つけたり試したいときは、学園長と私を通すこと。いいわね」


「「はい」」


 なんとか思い止まらせることができた。危なかったわ。


 知識と発想力のずば抜けたバリューの弟子は本当に規格外ね。この学園にいる以上、私が育てないといけないわね。


 バリュー、あんた本当に楽し、いや大変な教え子を送り込んでくれたわね。久しぶりに楽しくなりそうだ。


 私は、レイシアがゼミに来るのを楽しみに待つことにした。


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