魔法を見せよう
3日目。シャルドネ先生と2人で実験をするのかと思ったら、学園長も一緒に来た。
「何か嫌な予感がしたから、仕事をずらして見に来た」
目の下にクマを作りながら、眠そうな声で言った。
「ここが魔法の実験場よ。あなたたちがいつも授業で使っている広場と違ってここでは外部に影響が出ない作りになっているの。古代のアーティファクトを利用して壁と屋根で囲んだ部屋よ。見ての通り床は貼っていないわ。地面には魔法は通るけど、壁と床は魔法に反応しないの。ここでなら何がおきても平気。だけどここの存在は秘密にしてね」
シャルドネ先生はそう言うと、レイシアに指示を出した。
「じゃあ、最初はあなたが普段使っている魔法を見せてくれるかしら。家事に使っているってどういうこと?」
レイシアは、まず指先から火を出した。
「これで薪に火をつけます。火おこしが一瞬で出来るので楽ですよ」
「「はぁ?」」
次に、鞄から桶を出して、その桶に水を注いだ。
「これで、いつでもきれいなお水が手に入ります。お風呂もすぐにいっぱいになりますよ」
「「はぁ?」」
「これはただの水ですけど」
もう一つ桶をだすと今度はお湯を出した。
「こうして火魔法と組み合わせるとお湯も出せるんですよ! 例えば、このハンカチを汚します。これをこのお湯に入れて、石鹸を少し切って入れて、風魔法で、えいっ!」
桶の水はグルグルと竜巻のようなつむじ風に乗り空中に舞い上がった。
クルクルクルクル。空中でお湯とハンカチが円錐の形で回り出す。
クルクルクルクル。たまに逆回転をするつむじ風。レイシアが魔法を止めるとおとなしく桶に戻っていった。
「これを今度は石鹸の入ってない水ですすいで」
もう一つの桶にハンカチを入れるとまたつむじ風。すすぎ終わったら桶に戻す。
「あとは、風を温めながらハンカチを乗せると」
脱水と乾燥。つむじ風超便利!
「こんな感じですね。便利ですよね魔法」
先生2人は思考停止していた。目の前で起こっていることを脳が受け付けない。知識があればあるほど、その異常さが受け入れられなかった。カンナやイリアくらい知らなければ「便利ね」で済むのに。しかし、いつまでも思考停止はよろしくない。シャルドネ先生が声をあげた。
「これ、どうなって……、いえ、なにがこう……」
「どうしたんですか?」
平然としているレイシアに、シャルドネは怒った。
「あなたねえ、こんな非常識をやりながら何平然としているの! こ、こんな魔法誰も考えつかないわ!」
「そうですか? 普通だと思うのですが」
「どこの普通よ!」
「ラノベの普通です!」
「ラノベ?」
シャルドネも学園長もラノベは読んだことがなかった。あるのは知ってはいたが縁がなかったのだ。教会では禁書に近い扱いを受けているラノベは、子供だましの文学扱い。知識階級の読みものではないので仕方がない。
レイシアはラノベの素晴らしさを語った。それはそれは熱っぽく。時間も忘れて語りつくした。先生たちはそれを呆然と聞いていた。
「待ってレイシア! あなたのラノベ愛で貴重な実験時間を無駄にしてはいけないわ!」
我に返ったシャルドネが、レイシアの話を止めた。かなりの時間のロス。
「とにかく検証しましょう。レイシア、なぜあなたはそんなに細かい魔法が使えるのかしら。魔法ってこう大きい威力で敵を倒すもののはずよ」
「それは私が6属性持ちだからです」
「「6属性?」」
「ええ。風火水土光闇、全ての属性を持っているので威力が弱いのです。6の6乗ですから、46656分の1ですね」
「「なにそのバカげた数字!」」
「威力が小さいから小回りが利くというか、便利に使えています!」
「そんな話きいたことがないぞ」
「そうね。そんな発想は誰もしなかったわ」
「そもそも全属性など聞いたこともない」
「そうですわ。3属性がせいぜい」
「するとこれはレイシア以外は……」
「まあ、使えませんね」
「私専用ですか!」
ニコニコと喜ぶレイシアに対して、すでに疲れ果てている先生たち。
今の魔法に関しては、ゆっくり検証するしかない。そのことはあきらめた学園長が、さっきから気になって仕方がない事を聞いた。
「ところで、その鞄はなんだ?容量がおかしくないか?」
「そうですね。桶が2つも入るなんて。1つでも無理そうなのに。というか絶対入らないわ」
「入りますよ」
レイシアは水の入った桶2つをそのまま収納した。
「貸して!」
シャルドネが鞄を受け取ると手を入れた。鞄の底に手がつく。何も入っていない。
「何も入っていないじゃない」
「私以外が触るとそうなるんです」
「なにこれ?」
「元は普通の鞄でしたが、なぜかこうなりました」
「何をしたの?」
「さあ? 他の鞄では同じようにできませんでした」
偶然の産物を説明しろと言われても無理なものは無理。
学園長とシャルドネは顔を見合わせて言った。
「「そろそろ終わろうか」」
レイシアはあせった。
「待ってください! 魔法の実験をまだしていません!」
そうだった、と思い出す先生たち。今までのが単なる報告がてらの発表にすぎないと気付き、疲れが一気に襲ってきた。
楽しい実験はこれからです。
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