騎士コース(馬術基礎 後期)①
いつも通り練習場に集まった生徒たちに、教師は告げた。
「明日から乗馬訓練に参加できる者の発表をする。アルフレッド / イグナース / コンバール …………」
生徒の半数程の名前が呼ばれる。そして最後にレイシアの名前がよばれた。
「レイシアは、先週は休んでいたのでどうしようかともおもったが、前期の掃除が素晴らしかったので合格とした。皆、あのクオリティを目指して真面目にやるように。呼ばれなかったもの! お前たちは自分で掃除をせず他人にやらせていたか、サボりが多かった者、あまりにも掃除が雑だったものだ。一か月後再評価してやる。真面目に取り組むように」
補助役の助教達が、不合格の者たちを厩舎に連れて行った。残った者たちは馬術の経験の確認をされた。
「教える必要のないヤツが5人、そこそこ乗れるのが25人、初心者だが経験のあるヤツが10人、まったくのド素人が5人か。じゃあ、出来るヤツは出来ないヤツのフォローをするように。5人と5人だから一対一でちょうどいいだろう。仲の良いモン同士組んだらいい」
ど素人は男子3人女子2人。女子の2人はレイシアとリリー。イレギュラー魔法使いの2人だ。
男どもは、痩せてきれいになったリリーとペアを組もうと我先にアプローチを始めた。レイシアと男子3人はその様子を(((そうなるよね)))って感じで見ていた。
ところが、その喧騒を無視しレイシアのもとにペアを申し込みに来たものがいた。
アルフレッド王子だ。王子はレイシアの前に来るとこう言った。
「お前と組まされるやつが可哀そうだ。お前に慣れているのが俺しかいないだろ。教えてやるからとっとと来い」
レイシアも、(まあ結局はそうなるよね)と思ったので、「よろしくお願いします」とついていった。
◇
「まずは確認だ。乗馬服、ブーツも含めて一式、持ってないヤツは前に出ろ」
24人の生徒が前に出た。成長期の子供用の乗馬服はすぐに着ることが出来なくなる。家の馬で練習できるような高位貴族か騎士爵を継がせようとガチ勢の子供の一部以外は、集中的に練習するときだけレンタルで間に合わせているのが多い。
「お前らは放課後厩舎前に集合。学園の備品を貸し出す。では持っているヤツは馬具を装着させる。お前ら早く見ておくように。特にド素人、上級者の脇でしっかり見て覚えるんだ。いいな」
牧場に移動すると、馬が10頭繋がれていた。経験者素人5組とその他5グループに分かれ、それぞれ教師と助教、飼育員などが担当について教え始めた。
「まずは馬に触ってみようか。いいか、馬は繊細な生き物だ。大声を出したり急に動いたりするな。触らせていただく、そういう心持で触れろ。いいな」
馬車に乗ったりしているため、馬は割と身近な生き物。それでも触れたことのない者にとってファーストアプローチは緊張するもの。レイシアも、恐るおそる馬の前に立った。
「よしよし。大丈夫、だいじょうぶ」
隣にいる王子が馬に声をかける。ゆっくりと馬の前に握りこぶしを出し、匂いをかがせた。
クンクンと匂いを認識した馬はゆっくりと首をあげた。王子が優しくその首を撫でた。
「よしよし、いい子だ」
しばらく撫でた後、レイシアに向かって言った。
「さ、今みたいにやって。高い声、大きい声は絶対にダメ。覚えておいて。近づくときも後ろからはダメだから。蹴られたら死ぬからね。ゆっくり前から近づいて優しく声をかける。はい」
レイシアはこわごわと馬を見ながら近づいた。馬もレイシアを見ている。
「こんにちは……」
レイシアが手を出そうとする。王子が小さな声で「握りこぶしで」と声をかけた。
「噛まれないように、握りこぶしでゆっくり上げて」
一度手を下ろし、握りこぶしを確認してゆっくりと手を上げた。
鼻を近づけてくる馬。匂いを嗅いで舌でレイシアの手をなめた。
「ひゃっ」
驚いたレイシア。でも、大声も急な動きも駄目だと必死でこらえた。
「いいぞレイシア。その調子だ」
王子がそう伝えると、緊張もほぐれてきた。「すー」と大きく息を吐く。視界が広がった。馬しか見ていなかったレイシアの目の前に、大きな青空と爽やかな緑の平原が広がっていた。
巨大で怖く見えていた馬が、身近なかわいいパートナーに思えた。
「よろしくね、お馬さん」
緊張の取れた声で、微笑みながらこえをかけると、レイシアのこぶしに馬が頬をこすりつけてきた。
そのまま、レイシアは手を開き。頬から首を優しくなでた。
「調子に乗ってやりすぎるなよ」
普段のレイシアを理解している王子は、冷静にレイシアを諭したのだった。
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