ありふれた日常に戻りました
学園長室から出たレイシアは、馬小屋の掃除を終えてから正門に向かった。
門にはサチが迎えに来ていた。
「別にいいのにサチ」
「そういう訳にはいきませんわ、レイシア様」
「もう。レイでいいって」
「そういう訳にはいきません。レイシア様、他の方の目がございますから」
「もう……」
こそこそと
(いいわ、あの二人。王子とのラブロマンスもいいけど、年上の従者との百合も捨てがたいわ。だとしたらここは王子とメイドの三角関係……。ダメダメ欲張ると濁る! テーマは絞らないと)
その光景を観察しているポエムは、平和だな、とあきれていた。
◇
「ポエムさん、お願いがあるのですが」
人通りの少ない路地まで来た時、レイシアが声を発した。ポエムが物陰から出てくる。
「気づいていましたか」
「もちろんよ。お祖父様に伝えて欲しいの。『資金援助は要りません』って」
「悲しみますよ」
「でもそこははっきりしないといけないのよ。それから、『一度私のバイト先にお越しください。お一人で』とも」
ポエムは少し考え言った。
「あそこにですか?」
「他にある?」
「……お伝えします」
「そうね、午後の4時の最後の時間帯にお越しいただければ。仕事が終わった後食事位ならご一緒出来るかもしれないわね」
「……お喜びになるとおもいます。必ずお伝えします」
「日取りが決まったら教えてね」
「はい。必ず」
ポエムは風のように消え去っていった。
◇
「イリアさん、いるんでしょう」
レイシアはイリアに声をかけた。
イリアは出て来た。
「いや~、あんたの周りすごいね」
「そうですか?」
「そうだよ。すごいよ」
レイシアは考えてみたがどこもおかしいとは思えなかった。
「普通ですよね」
「……あのね、普通の人は王子と接点がないし、学園長の部屋に呼ばれないし、メイドがボディーガードをしていないのよ!」
力説するイリア。
「えっ? でも同じ授業を受けている同年生なら知り合いですよね。一週間休んだ報告はしますよね。たまたま学園長室でしたが。それにメイドがいろいろできるのは当たり前ですよ。ポエムはオヤマーのメイドですし。貴族のメイドはみんなそうなのではないですか」
「いろいろ間違ってるよ!」
そんなことを言っているうちに寮にたどり着いた。
◇
「あんたら、2人になるとすごいね」
掃除を始めたレイシアとサチに、カンナが感動を飛び越えてしまったあきれ声で言った。
レイシアは魔法で出来る水回りを、サチは地道な掃除を担当していた。風呂場でつむじ風を発生させ洗濯をしながら、台所で料理を始めるレイシア。
「そろそろ脱水ね」
鍋をかまどに置き、薪にファイアーで火をつけると、濡れた洗濯物を風で浮かせ高速回転をさせた。風は程よく温かな温度を保ち、20分もすればすべて乾くだろう。その間に料理を完成させましょう。
サチはサチで、徹底した掃除ぶり。汚れていた床が、窓が、テーブルが! つやつやと光り輝く。
「手伝わない方がいいよね」
「ああ。あたいらじゃ、邪魔になるだろうよ」
カンナとイリアは呆然と眺めるしかなかった。
「サチ、洗濯物乾いた。畳むのお願いね」
「オッケーレイ。まかせな」
料理を盛りつけながらサチに頼むと、あっという間に畳んで持ってきた。
「さあ、準備出来ました。みなさんお座りください」
テーブルには肉たっぷりのシチューとふわふわパンが並んでいた。
◇
「どうしたんだいこの肉! 予算が足りなくなるよ!」
カンナはシチューを見て驚いた。ゴロゴロとした肉なんていくらで買ったのか。
「大丈夫です。実家から帰る時にボアが出たのでサクッと狩ったお肉ですから。無料です」
「はい⁉ 狩ったの? 買ったんじゃなくて! 誰が?!」
「「私達です」」
カンナの混乱をよそに、イリアが聞いた。
「ねえこのパンはなに? こんな柔らかいパンは!」
「それは、バイト先の人気商品です。イリアさん、今度来てくださいね」
「どこ?」
「黒猫甘味堂というお店です」
「あの人気店?! ダメダメああいうお洒落なお店は苦手なの」
「大丈夫ですよ。バイトにイリアさんのファンの子もいるし」
らちが明かない状況にサチが動いた。
「では皆さま、お祈りを始めましょう」
孤児院仕込みのサチは、みんなを落ち着かせお祈りを先導した。
「いただきま〜す」
イリアがパンにかじりつく寸前、レイシアが「待って!」と止めた。
「なに?」
「これを付けて食べて。カンナさんも」
レイシアはサクランボジャムを出した。
「ジャム? 見たことのない果物だね。これくらいかな? はいカンナさん」
「しかしこのパン不思議だね。後で作り方教えておくれ、レイシア」
「ごめん、お店の秘密なの。私は許可を貰ったから」
「そうかい? じゃあこれからパンはあんたに任すよ。いいかい?」
そんなことを言いながらカンナとイリアは、ジャムを塗ったふわふわパンを食べた。
一口、二口、…………後は夢中で食べきった。
「なんだいこのパンは! これがパンなのかい!」
「それにこのジャム! 美味しすぎるよ!」
「じゃあ、明日も作りましょう」
レイシアはジャムに蓋をしてカバンに入れた。
「本当は一人一瓶持ってきたんだけど、先生に売ることになったからこれだけなの」
「いくらするのよ、そのジャム」
「え、先生には金貨一枚で売ったけど」
「「ええ―――――――」」
女子寮は、レイシアが帰ってきて日常の生活が戻ってきたのだった。
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