ありふれた日常に戻りました

 学園長室から出たレイシアは、馬小屋の掃除を終えてから正門に向かった。

 門にはサチが迎えに来ていた。


「別にいいのにサチ」

「そういう訳にはいきませんわ、レイシア様」

「もう。レイでいいって」

「そういう訳にはいきません。レイシア様、他の方の目がございますから」

「もう……」


 こそこそとイリア作家は、レイシア取材対象とサチの会話を陰から聞いていた。妄想しながら。


(いいわ、あの二人。王子とのラブロマンスもいいけど、年上の従者との百合も捨てがたいわ。だとしたらここは王子とメイドの三角関係……。ダメダメ欲張ると濁る! テーマは絞らないと)


 その光景を観察しているポエムは、平和だな、とあきれていた。



「ポエムさん、お願いがあるのですが」


 人通りの少ない路地まで来た時、レイシアが声を発した。ポエムが物陰から出てくる。


「気づいていましたか」

「もちろんよ。お祖父様に伝えて欲しいの。『資金援助は要りません』って」


「悲しみますよ」

「でもそこははっきりしないといけないのよ。それから、『一度私のバイト先にお越しください。お一人で』とも」


 ポエムは少し考え言った。


「あそこにですか?」

「他にある?」

「……お伝えします」

「そうね、午後の4時の最後の時間帯にお越しいただければ。仕事が終わった後食事位ならご一緒出来るかもしれないわね」


「……お喜びになるとおもいます。必ずお伝えします」

「日取りが決まったら教えてね」

「はい。必ず」


 ポエムは風のように消え去っていった。



「イリアさん、いるんでしょう」


 レイシアはイリアに声をかけた。

 イリアは出て来た。


「いや~、あんたの周りすごいね」

「そうですか?」

「そうだよ。すごいよ」


 レイシアは考えてみたがどこもおかしいとは思えなかった。


「普通ですよね」

「……あのね、普通の人は王子と接点がないし、学園長の部屋に呼ばれないし、メイドがボディーガードをしていないのよ!」


 力説するイリア。


「えっ? でも同じ授業を受けている同年生なら知り合いですよね。一週間休んだ報告はしますよね。たまたま学園長室でしたが。それにメイドがいろいろできるのは当たり前ですよ。ポエムはオヤマーのメイドですし。貴族のメイドはみんなそうなのではないですか」


「いろいろ間違ってるよ!」


そんなことを言っているうちに寮にたどり着いた。



「あんたら、2人になるとすごいね」


 掃除を始めたレイシアとサチに、カンナが感動を飛び越えてしまったあきれ声で言った。

 レイシアは魔法で出来る水回りを、サチは地道な掃除を担当していた。風呂場でつむじ風を発生させ洗濯をしながら、台所で料理を始めるレイシア。


「そろそろ脱水ね」


 鍋をかまどに置き、薪にファイアーで火をつけると、濡れた洗濯物を風で浮かせ高速回転をさせた。風は程よく温かな温度を保ち、20分もすればすべて乾くだろう。その間に料理を完成させましょう。


 サチはサチで、徹底した掃除ぶり。汚れていた床が、窓が、テーブルが! つやつやと光り輝く。


「手伝わない方がいいよね」

「ああ。あたいらじゃ、邪魔になるだろうよ」


 カンナとイリアは呆然と眺めるしかなかった。


「サチ、洗濯物乾いた。畳むのお願いね」

「オッケーレイ。まかせな」


 料理を盛りつけながらサチに頼むと、あっという間に畳んで持ってきた。


「さあ、準備出来ました。みなさんお座りください」


 テーブルには肉たっぷりのシチューとふわふわパンが並んでいた。



「どうしたんだいこの肉! 予算が足りなくなるよ!」


 カンナはシチューを見て驚いた。ゴロゴロとした肉なんていくらで買ったのか。


「大丈夫です。実家から帰る時にボアが出たのでサクッと狩ったお肉ですから。無料です」


「はい⁉ 狩ったの? 買ったんじゃなくて! 誰が?!」

「「私達です」」


 カンナの混乱をよそに、イリアが聞いた。


「ねえこのパンはなに? こんな柔らかいパンは!」

「それは、バイト先の人気商品です。イリアさん、今度来てくださいね」


「どこ?」

「黒猫甘味堂というお店です」

「あの人気店?! ダメダメああいうお洒落なお店は苦手なの」

「大丈夫ですよ。バイトにイリアさんのファンの子もいるし」


 らちが明かない状況にサチが動いた。


「では皆さま、お祈りを始めましょう」


 孤児院仕込みのサチは、みんなを落ち着かせお祈りを先導した。


「いただきま〜す」


 イリアがパンにかじりつく寸前、レイシアが「待って!」と止めた。


「なに?」

「これを付けて食べて。カンナさんも」


 レイシアはサクランボジャムを出した。


「ジャム? 見たことのない果物だね。これくらいかな? はいカンナさん」

「しかしこのパン不思議だね。後で作り方教えておくれ、レイシア」


「ごめん、お店の秘密なの。私は許可を貰ったから」

「そうかい? じゃあこれからパンはあんたに任すよ。いいかい?」


 そんなことを言いながらカンナとイリアは、ジャムを塗ったふわふわパンを食べた。


 一口、二口、…………後は夢中で食べきった。


「なんだいこのパンは! これがパンなのかい!」

「それにこのジャム! 美味しすぎるよ!」


「じゃあ、明日も作りましょう」


 レイシアはジャムに蓋をしてカバンに入れた。


「本当は一人一瓶持ってきたんだけど、先生に売ることになったからこれだけなの」


「いくらするのよ、そのジャム」

「え、先生には金貨一枚で売ったけど」


「「ええ―――――――」」





 女子寮は、レイシアが帰ってきて日常の生活が戻ってきたのだった。

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