第六章 夏休み

レイシアからの手紙

 レイシアから手紙が来た。


『ごきげんよう、お父様。それから大好きなクリシュ。元気にしていますか?

 私は元気に過ごしています。

 学園では最初のテストで一番になりました。授業免除で好きな勉強をしていいと言われました。お姉様は凄いんですよ。

 それから魔法も使えるようになりました。なんと全属性です。水汲みが楽になりました。

 武術も強いですよ。王子が少しは出来るけど、私の足元にもおよびません。

 それから、寮の仕事もほめられています。そうそう、同じ寮に学生作家のイリア・ノベライツ様がいるんですよ! サイン本も貰いました。とても親切で、よくお昼ご飯をおごってくれます。とても優しい人です。

 喫茶店でバイトも始めたんですよ。おいしいパンのある喫茶店です。クリシュにも食べさせてあげたいです。


 夏休みの半ばにはいちど帰ります。詳しい日程はまた連絡します。

 会える日を楽しみにしています。


           レイシア・ターナー 』



 父クリフトは頭を抱えた。

 弟クリシュは目を輝かせていた。神父バリューは固まった。


「なんだ……これは」

「お姉様からのお手紙ですね」

「それは分かっておる。なぜ? なぜレイシアは王子と戦っているんだ? なぜ王子に勝っているんだ?」

「お姉様ですから」

「授業免除? テストで一番?」

「お姉様ですから」


 そんな会話にもなっていない会話を続ける親子。

 魔法全属性に研究心を燃え上がらせる神父。


「それで、お姉様はいつ帰ってくるのですか?」

「さて、夏休みは7月14日からだが、何か用事でもあるのかもしれないし、次の手紙を待たないと何とも言えんな」

「楽しみですね」



 ところが、7月14日になっても次の手紙は来なかった。


「お姉様から連絡来ませんね」


 クリシュはそわそわしながら父にたずねた。


「お迎え行かなくて大丈夫なのですか?」


「まあ、もう少し待とう。学園でなにか課題が出たのかもしれないし」

「でも」

「一週間くらいは待とう。それで手紙が来なければこちらから出向こう」

「一週間も?」

「遠くにいるっていうのはそう言うものだ。なあに、明日にでも迎えを頼む手紙が来るだろうよ」

「……分かりました」


 クリシュは姉の事を心配しながらも、なかばに帰るという言葉を信じようと心の中で決めた。


 22日になった。まだ手紙が来ない。


「お父様、僕が迎えに行っていいですか?」

「お前がか? 駄目だ。明日にでもメイド長にいかせる」

「僕も行きます! 行かせてください」


 そんな押し問答をしていたその日の夕方、レイシアは一人歩いて帰ってきた。


「ただいま~」


「レイシア!」「お姉様!!」「「「お嬢様~!!!」」」


ターナー家は混乱の渦に巻き込まれた。


「「「どうやって帰ってきたの(だ)!!!」」」


 口々に叫ぶ。


「乗合馬車でアマリーまで来てあとは歩いてきたよ。荷物が少ないから歩きでも早く着くね」


 レイシアの斜め上発言に、黙る者、怒る者もいたが、大半の使用人は

「あ~、お嬢様らしいな」

と思っていた。



 実際、馬車の移動は遅い。人は乗るし荷物は重い。馬を休ませ休ませ移動しなければならないので、荷物がなければ歩いた方が早い。

 乗合馬車なら、町ごとに馬車を乗り換えれば、馬の疲れなど考えなくても移動が出来る。専用の馬車で二泊三日かかる行程も、一泊するだけですむ。


 そう合理的に考えたレイシアは、乗合馬車を乗り継いで来られる所まで来ると、あとは歩いて街道を渡ってきたのだ。


 説明を終えたレイシアは改めて言った。


「ただいま。お父様、クリシュ。夏の間よろしくね」

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