アルバイト初日
黒猫甘味堂の店主がいつも通り午前9時に店に来ると、制服姿のレイシアがすでに来ていた。
「おはようございます。昨日はありがとうございました」
そう言うと、きれいなカーテシーで
「レイシア・ターナーです。昨日は名乗らず失礼しました」
とお詫びがてら名前を名乗った。
「まずは中に入ろうか」
店主はそう言うと、ドアの鍵を開けた。
「僕の名前はエル。店では店長とでも呼んでくれ。じゃあ、今日からよろしく、レイシアさん」
店長は手を差し出し握手をした。
「おや、若いのに働き者の手をしているね」
「はい、孤児院で仕事を覚えたのでなんでもできます!」
「孤児院……」
店長は、それ以上聞くのをやめた。辛い思いをしたんだろう。そんなふうに思ったのだろう。
「着替えてもいいですか? 寮母さんに危ないから移動は制服でと言われているのですが、制服で給仕するのはどうかと思いますし、替えの服を持ってきているんです」
店長は、なるほどと思った。制服で移動は確かに安全だ。
「じゃあ、厨房で着替えて。僕は店の掃除をしているから」
「分かりました。すぐに着替えて来ます」
レイシアは厨房に入ったかと思うと、あっという間に着替えて出てきた。
「えっ、もう着替えたの? ってなんでメイド服!」
「お給仕はメイドの仕事ですよね」
「それ、貴族だけだから! って学園生か。ちなみに爵位は?」
「子爵です」
「法衣貴族じゃないの?!」
「はい。辺境ですけど」
店長は情報が多すぎて訳が分からなくなった。孤児院育ち、働き者の手、子爵、メイド服……?
「じゃあ、掃除しようか」
考える気をなくした店長。とりあえず手を動かそう、そう思った。
「分かりました。掃除は得意です。店長は昨日のふわふわのパン種を仕込んで下さい! ちょっと考えたことがあるんです」
「パン種? ああ、あれはすぐに作れるよ。寝かす必要もないし」
「そうなのですか! では、すぐに! お願いします!」
急き立てられるように厨房に行かされた店長。レイシアは、本気モードで店内を掃除した。
「ほら、もう種は仕込んだよ。掃除手伝おうって、どうなってるの!!」
店長が、粉を混ぜ合わせ戻ってくると、店内はピカピカに磨き上げられ、床もテーブルも椅子も窓から差し込む日光で光輝いていた。
「今、5分経っていないよね! 何をしたの⁉」
「掃除です」
速攻で答えられても、理解が追いつかない。
「掃除は得意なんですよ」
笑顔で答えるレイシア。
笑顔がなくなる店長。
「さあ、それより新メニュー開発です。オヤマーの開発室を思い出します。楽しかったな」
店長には訳の分からない事を言い出すレイシア。
ここまでの所要時間8分。
黒猫甘味堂開店まで、残り52分。店長の思考のキャパシティは、もはや少しも残っていなかった。
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