開店まで52分
「焼くところ、見てもいいですか?」
レイシアが尋ねると、店長は「どうぞ」と答えた。
温まったフライパンに、ジュッと生地が投入されると、モコモコと膨れ上がった。
「うわぁ、すごい」
生地の表面がプツプツと穴ができた頃、店長がクルリとびっくり返す。
ジューっと音がして、さらに膨らむ生地。
もう一度ひっくり返して、焼き具合を確かめたらお皿に上げた。
2枚焼き上がった所で、試食をはじめた。
「まずは、パンの味を見ましょう。昨日は柔らかさに感動して満足しましたが、改良の余地はあると思います」
レイシアはそう言うと、何も付けずパンを手でちぎって食べてみた。
「うん、いつもの味だ」
店長は、そう言ったのだが、
「ぱさついていますね。味も小麦粉そのもの。売り物にしなかったのが分かります。足りないのは甘味、風味、ぱさつき感もへらさないと……。店長、レシピ教えて頂けますか?」
と、レイシアは改良点を上げた。今のままでは、小麦粉を水で溶いて少し塩を入れてなぜか膨らましただけの素朴すぎる味。レイシアはなんとか改善したかった。
しかし、レシピを聞きたいというレイシアに、
「い、いや、だめだよ。教えるのはなしで」
と、店長はあせった感じで言った。
「そうですよね。こんな素晴らしいレシピ、簡単に教えるのはできませんよね」
レイシアは料理人として、うかつに聞いたことを恥じた。店長は、単に妻の失敗を言いたくなかっただけなのだが……。
「分かりました。では、想像で変えていきます。まずはなめらかさ対策。水で粉を溶いていますよね」
「ああ」
「水を減らして卵を入れましょう。いや、いっそ水をミルクに変えてみたら? コクが出るかも! 店長、水の代わりにミルク、そこに卵を入れて見ましょう」
店長は言われるまま、試作品を作った。
「うまい! これがあのパン?」
店長が感動しているが、レイシアはまだ不満。
「香り。香りをつけるには……。あと甘みが……。砂糖を使うか」
料理人モードから離れられないレイシアは、頭の中で分量を計算した。
「生地に砂糖を小さじ2杯と油を小さじ1杯、それと焼くときにフライパンに油と半切れのバターを入れてから焼いてみて! きっと上手く行くはず!」
焼き上がったパンを食べた店長は驚きを隠せなかった。
「なんだこれは……。さっきので充分おいしかったのに……。別次元の味だ!」
「バターの香りが素晴らしいですよね。そこに負けない生地のしっとりふわふわ感。砂糖の甘みもバターに負けないための重要な働きをしていますね。これに、バターとはちみつを乗せて……うーん黄色だらけ……色味が……」
「まだやるの⁉」
「そうだ! 生クリーム! 白で飾り付けましょう!」
レイシアの魔改造が止まらなくなった。勝手に液体の生クリームを器用に流し入れ、ふわふわパンの上に大輪の白いバラの模様を描いた。
「できた! どう?」
それはもはや、一枚の芸術作品。食べる芸術『ふわふわハニーバター、生クリーム添え』が完成した瞬間だった。
「じゃあ店長、毎回この飾り付けで作って下さいね」
できる子基準の無茶な注文に、店長はただ一言
「無理」
と答えるのが精一杯だった。
黒猫甘味堂、まもなく開店の時間です。
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