朝市

 カンナに連れられて街の市場に来たレイシア。通り一面に人・人・人!

 通り沿いに、露店がひしめき合う光景は、ド田舎のターナー領では経験できない賑わいだ。


「はぐれない様についてくるんだよ。手を引こうか?」


 カンナは、レイシアが迷子にならないか心配して聞いた。しかし、レイシアは「ターナー式メイド歩行術」を駆使し、上手に人ごみをかき分けながらついて来ていた。

 レイシアが、人にぶつからず付いてこられるのを感心しながら確認したカンナは、食材が集まる一画まで足早に歩いた。



「ほら、そこでじゃがいも買ってごらん。銅貨8枚で10個。さ、いっといで」


 レイシアにお金を渡すと、背中をドンと押した。


「あの、ジャガイモ下さい。10個」

「おう、1200リーフ。銅貨12枚か小銀貨1枚と銅貨2枚だ」


「高いです。買えません」

「じゃあしょうがないな」


 レイシアはカンナの所に戻った。


「買えませんでした」

「やっぱりあんたは貴族の子だねえ。そんなんじゃぼったくられるだけだよ。平民はね、値切ってなんぼ。どうやって安くさせるかだ。みてな」


 そういうと、さっそうと芋売りの前に行った。


「イモ10個おくれ」

「おう、1200リーフ。銅貨で12枚だ」


「なんだって!、こんなちっこいイモが1200? 500がいいとこだろ」

「おいおい、そんなんじゃ売れやしないよ。1000でどうだい」


「600だね」

「900」


「はら、虫が食ってるじゃないか。700」

「仕方がねえ800だ。これ以上は無理だ」


「しゃーないねえ。それでいいよ。ほら、銅貨8枚」

「まいどあり!」


 カンナはレイシアの元に戻ると「見てたかい」と聞いた。


 レイシアは、ターナー領で買い出しの経験はいくらでもあった。ただ、いつもの農民、いつもの商人とのやり取りなので、お互いに信用関係が結ばれていたし、その時々の市場価格も分かっていたので、値切るという行為は必要なかったのだ。


「いいかい、下町ではね、だます、だまされるは当たり前だと思いな。商品は値切って初めて適正価格。ぼーっとしていたら吹っ掛けられておわりさ。口が悪い位でないとだまされて終わりさ。覚えておきな」


「口が悪く? 料理人モードですね」


 レイシアはそう答えるが、カンナには通じない。料理人? なにか関係が?


「じゃあ、次は何を買えばいいんですか?」


 にこにことやる気になったレイシアに、今度は玉ねぎ10個を銅貨9枚で買うように指示した。


「すいません。玉ねぎ10個ください」

「おっ、10個かい。銅貨15枚だね。お嬢ちゃんかわいいから14枚におまけするよ」


 レイシアの見た目と丁寧な言葉遣いに、店主はおまけを先にした。まだまだ吹っ掛けているのだが。


「はぁ? このスッカスカの玉ねぎが10個で1400? 料理人なめてんじゃねえぞ! 

500がいいとこだ」


 料理人モードになったレイシア。あまりの豹変に驚く店主。いや、まわりにいる人々もレイシアを注目し始めた。


「なんだと、どこがスカスカなんだ! まけろってか! 1300だ」

「たけえ! ほら持ってみろよ。皮と身の間空気が入っているじゃねえか。600」

「うるせえ! 1200 どうだ!」


 どんどん注目が集まる。かわいい見た目の女の子が、自分の商品をけなす。どんどんけなし続ける。それもいちゃもんじゃねえ。まっとうな指摘だ。このままでは、この先他の客に見くびられる。店主はあせった。


「分かった。1000だ。いや900でいい。嬢ちゃんの予算はそこだろ。お互い手を打とう」


 ところが、レイシアは引かない。スッと玉ねぎを真っ二つにした。もちろん、ナイフはすぐに収納したので、店主からは何が起こったのか分からない。目の前で二つに分かれた玉ねぎを、呆然とみつめるだけだった。

 レイシアは、店主の耳元でささやいた。


「なあ、これ少し腐ってないか? ほらここ。保存がいい加減なんだよ。アンタの腐った目でも見りゃ分かるだろ。大声で周りにいってもいいかな? 腐ってるってよ」


 店主は、コクコクとうなずきながら、10個500リーフで売ることに合意した。


「ありがとうございます。また来ますね」


 レイシアは唖然あぜんとするギャラリーをすり抜け、ニコニコとカンナの所に戻り、戦況報告した。


 褒めてもらえると期待しているレイシアに、カンナは一言だけいった。


「あんた、やり過ぎだよ」




 仕入れはまだまだ続いたが、レイシアが値切るたび、カンナはやり過ぎを止めるので精いっぱいだった。

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