新たなる師弟関係

 朝、5時に目覚めたカンナは、新入りのレイシアをどう仕込もうか考えながら着替えをしていた。


「まったく。子爵のお嬢様は着替え一つ自分でできるのかねえ」


 そんな独り言をつぶやきながら、掃除ならできるかな? その前に起きられるかな? と心配していた。


 ◇


「ほら、レイシア起きな!」


 ドアをバタンと勢いよく開け、レイシアの部屋に入っていったカンナだったが、部屋の中はもぬけの殻。ベッドもきれいに整えられている。


「呼びましたか?」


 ドアの外から返事が返ってきた。いなくなったかと焦っていたカンナは大声で言った。


「どこにいるんだい」

「台所です」


 あわてて台所に行くと、きれいに掃除されている部屋の中で、レイシアが銀のスプーンやフォークを磨いていた。


「昨日、重曹水につけておいたんですよ。ほら」


 ピカピカになった食器を見せながら、笑顔で返事をするレイシア。唖然としながらも態度は崩せないカンナ。


「そうかい。知恵は回るんだね」

「いつもやっていますから」


 いつもやっている? なにかい? この子は実家でこき使われているのかい? そんな事を考えてしまった。


「あんた、兄弟は?」

「弟がいます」


「跡継ぎは弟なのかい?」

「はい」


「跡継ぎがいるから平民になるというのかい? 掃除の仕方は誰に習ったんだい? ずいぶんていねいにできているが」


 ずいぶんどころじゃない。完ぺきに磨かれた床、テーブル、窓、……。3日かかったってできやしない。そう思いながらもそこまで褒めるわけにはいかなかった。


「掃除ですか? 孤児院でサチさんに。あっ、サチは昨日いたメイドです」

「孤児院だって!」


「ええ。毎日いましたから」

「あんた、孤児院で過ごしてたのかい」

「もちろんです! 孤児院でいろいろ覚えました」


 カンナは、いつもイリアに聞かされる小説、ラノベとかいう話のスジを思い出した。イリアは仕事に詰まるとカンナにラノベのストーリーを聞かせるのだ。カンナも、それでイリアの仕事がはかどるならと聞いているうち、ハマってしまっていた。


 (そういや、この間聞いた話。子爵家の旦那がメイドに産ませた子供が孤児院で育って、子爵家に引き取られたが継母と妹からいじめられるっていう話があったね。まさかそれじゃあないだろうね)


「他に何が手伝えるんだい」

「何でもできると思いますよ。料理も洗濯も」

「じゃあ、このイモの皮はむけるかい」


 カンナがイモを投げると、レイシアの手にはいつの間にかペティナイフが握られている。左手で回転をかけられたイモから、シュルシュルと流れるように皮が剥かれ、宙にに舞いながらほどけた。レイシアは、ナイフをしまって右手で落ちてくる皮を受け止めた。


「どうぞ」


「この皮の均一な薄さ。ジャガイモの芽まで欠いてある。って、いうか、どっからナイフだしたんだい?」

「それは、秘密にしておけと師匠から言われていまして……」


「そうかい。あんた、どこでその技術を覚えたんだい」

「うちの料理長に習いました。私の師匠なんですよ。あ、メイド長も師匠です」


 レイシアの言葉は、カンナの中ではラノベのストーリーに変換された。継母にいじめられ、雑用のすべてを押し付けられたレイシアを見かねた料理長とメイド長が、保護し手伝いながら仕事を教えた、そんな話に解釈されていた。


「そうかい、あんた、苦労したんだねえ。わかった、今日からあたしがあんたの師匠だ。平民の生き方ってやつを教えてやるよ。まずは仕入れだ。レイシア行くよ」


 レイシアはよく分からないままに、それでも自分のために言ってくれている事がうれしくて、「はい、師匠」と返事をした。



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