閑話 とある見習い神官の研修③

 教会に、身なりのよい子供たちが集まってきた。7歳から10歳くらいだろうか? 立派な馬車で送られてくる子もいる。


「今日はなにがあるのです?」


 僕が神父に聞くと


「ああ。水の日は貴族街の子供が勉強しに来るのですよ。火の日と木の日は街の子たち。月の日は農家の子たち。多くなって来たので分けているのですよ」

「教会で平民に勉強を教えている? なぜ?」


「全ての者は 知恵を求めよ。ご存知ですか?」

「聖詠248番」

「……優秀なのですね。そう、神の御心のままに、です」


 やはり、この人がレイシア様に……。



「なんで孤児院に!」


 貴族の子供たちは、当たり前の様に孤児院に入って行った。


「会場が孤児院ですから」


 何言っているんだこいつは、って風に神父から言われた。えっ? オカシイの僕の方?


 あわてて付いていくと、孤児院の食堂に5歳くらいの小さな孤児と、大きな貴族の子が分かれてテーブルについていた。孤児が前で、貴族が後ろに!


 そこに、領主の息子が来た。確かクリシュと言ったか? 子供たちに向かって挨拶をすると、聖詠を唱え始めた。


「讃えよ讃えよ 我が名を讃えよ」


「「「我を讃える者 平等であれ

 富める者も 貧しき者も

 老いる者も 若き者も

 男なる者も 女なる者も

 全ての者に 知恵を与える

 全ての者は 知恵を求めよ

 知恵を求む者 我が心に適う

 知恵を求む者 男女貴賤別無し」」」


 食堂に聖詠が響き渡った。何だこれは?


「では、今日はボクが授業を担当します」


 クリシュ様が授業を? なぜ? 貴族の子供たちの方が年上なのでは?

 分からない。いつの間にか神父はどこかへ行ったので、授業の様子を見ていた。何だこれは? そこら辺の家庭教師より分かりやすい授業。いくつだ?

 授業を終えた後、クリシュ様を呼び止め、なぜ教師役をしているのか別室で質問した。


「なぜって? ボクは孤児に教えているんです。貴族の子はそのついでです。あと、貴族の子供たちに恩を売って、ボクが優秀だと知れ渡ったら、領主になるときも便利でしょ。ボクの生徒たちがいるんだから」


 何を言っているのだ? この子は……。しかたがないので神父に聞いた。


「もともと孤児同士、勉強を教え合いさせていたんですよ。でも、卒園した子たちが、あまりにも優秀なので、街の子たちの親から教えてほしいと頼まれまして。そうこうしているうちに、クリシュ様が5歳の時から孤児院で勉強を始め、それを聞いた法衣貴族の親たちも混ぜてほしいと言い出しまして。さすがに貴族の子供に孤児が教えるのはどうかと思っていたとき、クリシュが立候補してくれたのです。大人気ですよ、クリシュの授業は」


 何を言っているのか理解出来ない。これ以上は無理だ。今日は休みを取らせてもらった。部屋に戻った僕は、そのまま寝てしまった。



 次の日から、僕はありのままを観察しようと努めた。何をしているのか。何が起きているのか。


 次々と、僕の教会に対する常識、信仰への常識が崩れていった。


 ある日私は、1日休みをもらって部屋に籠もり、聖書を通読した。今まで読んでいた聖書の言葉が、まるで違って見えた。


 神の世界と教団の常識は、こんなにもかけ離れていたのか……。



 明日でこのターナー領に来て1か月がたつ。


 私は神父を個室に呼んだ。


「どうしました?」

「気付いていますよね。僕の立場を」


 神父は何も言わない。それが答えだ。


「明日、報告書を送ります。その前に一つお願いがあります」

「……なんでしょうか」


「僕を、あなたの弟子にしてはもらえないでしょうか?」

「は?」


 神父は困惑した顔で僕を見た。当然だ。信用などないのだから。


 僕は、心の内を懺悔するかのように告白した。次々と湧き上がる思い、信仰、聖書の意味。そして、レイシア様の神との対話も……。神罰が当たってもいい。私はこの方に師事したい。



 私の話を聞いてくれた。本気の言葉は確かに伝わった。


 そんな感覚だけで僕はその場に立っていた。


 神父は、僕に微笑みかけこう言った。


「本気か。ならば明日の報告書には、このように書いてくれ。『ターナーの教会は、金もなく信者からも見放されている。神父は強欲でどうしょうもない。とにかく金のない教会だ。孤児院も荒れ放題だ』と」


「なぜですか!」


「無能で役に立たなくて、うまみのない地。なら、誰も欲しいと思わない。それでいいのさ」


「なるほど」


 僕は上司達の顔を思い浮かべながら納得した。


「分かりました。明日確認して頂きます」


「よろしい。ところで今さらなのだが、私はバリューといいます。君の名は?」


 お互い、名乗り合っていない事に気づいていなかった。

 僕はバリュー神父に名を告げ、生涯の師として忠誠を誓った。

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