閑話 とある神官見習いの研修②
「あれはなんだったのですか!」
僕は誰もいなくなった礼拝堂で神父に聞いた。
「あれか…。誰が言い出したか『神の呼吸スーハー』という儀式だよ。やると健康になれたと大評判で、朝はいつもみんなが勝手に始めるんだ……。(ボソッ)私にとっては黒歴史なのだがな」
え、最後はなんと?
「なんでもない。まあ、おかげで朝の礼拝の参加率がうなぎ登りに増えているし、健康になると信仰心まで上がっている。悪いことではないだろう?」
神父はそう言うと、朝食に案内してくれた。
◇
「孤児院で朝食? いじめですか!」
ありえない。神職者を孤児院で食事させるなど。追い出そうとしているのか!
「いや、いつも私はそうしているのだが……。嫌なら明日からは別にしますが、今日は他に用意もしていないんだ。今日だけ付き合ってくれませんか、神官様」
見習いとはいえ、神官の僕に神父が孤児院で食事しろとは……。いいだろう。行ってやろうではないか。
◇
ここが孤児院? きれいに掃除され、明るい日差しが窓から溢れている。教会の部屋と言ってもおかしくない。孤児院って、もっと汚くて嫌な匂いのするところではなかったのか?
食堂に入ると、小ぎれいな子供達がおとなしく席に着いている。騒がしくない。孤児院だぞ?
「そうか、今日は水の日か。クリシュ、食前の言葉を」
「はい。作物の実りを育む、水の女神アクア様に感謝を」
「「「作物の実りを育む、水の女神アクア様に感謝を」」」
「私達は大自然の恵みに感謝し祈りを捧げます」
「「「私達は大自然の恵みに感謝し祈りを捧げます」」」
クリシュと言う少年が先導すると、一斉に祈りの言葉が響き渡る。なんと素晴らしい光景。
「神父、これは孤児なのか? 孤児がこのように礼儀正しいコトなどある分けがない」
「大体は孤児ですよ。神官様」
「だいたい?」
「クリシュ、来なさい。神官様に挨拶を」
先程先導していた子供が来た。昨日ベルを鳴らしていた子か?
「昨日はご挨拶せず失礼しました。僕はクリシュ・ターナーです。これからよろしくお願いします」
「ほう。立派な挨拶を……。クリシュ・ターナー? ターナー? ターナーって……」
「はい。この領地を収めているクリフト・ターナーの息子です」
「なんで! 領主のご子息が孤児院で食事しているんですか!」
「なんで、ですか? おかしいかなぁ」
「おかしいわっ!」
それ以上、二の句が継げない僕に、神父が答えた。
「今日は貴族の子供達の教室がありますから。まあ、そう慌てずに。朝食を頂きましょう」
神父は当たり前の様に食事を始めた。僕は水を飲み干してから、食事を始めた。
「美味しい。孤児はいつもこんな食事を? いや、今日は僕がいるから特別に作ったに違いない。そうだろう、神父」
「いつもと同じだよ〜」
近くにいた孤児が言った。
「最近は、信者の皆様が、お礼代わりと作物をくださるので、食事が安定してきたのですよ」
「味付けはお姉様がみんなに仕込んだから、間違いはないですよ」
先程のクリシュ様が口を挟んできた。お姉様?
「クリシュの姉は凝り性でしてね。料理もプロ並みなのですよ」
神父の言葉にある少女を思い浮かべた。
「それは、レイシア・ターナー様のことでしょうか?」
一瞬、神父の顔に警戒感が浮かんだ。
「なぜ、レイシアを知っているのでしょう。今はこの領にいないのですが」
「前にオヤマーの教会にいまして。その時、オヤマー様とご一緒に特許の申請に来られたのです。あの米玉、いまは握り飯と言いますが、あれはすごかった。料理に凝っていると聞いて思い出したのですよ」
「そうですか。お会いしたのですか」
「ええ。素晴らしい方でした」
それ以上は会話もなく、静かに食事を終えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます