閑話 とある神官見習いの研修①
「お前達見習い神官の中から、誰かターナー領のアクア教会に一年間研修に行ってもらいたい。誰もいなければこちらから指名するが、受けたものには特別に出張費と研修ポイントの割り増しを行う。明日までに名乗り出てくれ。以上だ」
朝礼の最後に、神官長が言った言葉に見習い一同はざわついた。ターナー領? どこだ? いや? ターナー? どこかで……。レイシア・ターナー! あの聖詠の!
僕は大声で、「行かせてください」と叫んでいた。
◇
応接間に連れて行かれた僕は、上役から派遣の目的を聞かされた。どうやら、ターナー領の神父と領主は結託して協会本部に歯向かっているらしい。様々な言いがかりと条件を付けて本部の人間を遠ざけているというのだ。そんなことできるのか?
僕に与えられた任務は、ターナー領と教会の内部を探り、月に一度報告書を送ることだ。あとは好きにしていいらしい。出発は2ヶ月後。5月になってからだ。
◇◇◇
遠い。こんな遠くとは……。地図では見ていたが、実際移動するとこれほど遠かったのか。かたい馬車の座席に、絶えず叩きつけられるような尻の痛みをこらえながら、3日目の昼にターナー領に入った。
大きな荷物を抱えて乗合馬車から降りた僕は、教会の場所を聞いた。教会は、町の外れにあるという。荷物を抱え、痛む尻を気にしながらかなりの距離を歩いたら、広い草原の中に、ぽつんと教会と孤児院らしき建物があった。
子供たちが元気よく草原で遊んでいる。町の子供たちだろうか。
教会から身なりの良い子供が出てきて、手に持った大きなベルをカランカランと鳴らした。遊んでいた子供たちは一斉に孤児院らしき建物に消えていった。
「教会にご用事ですか? あちらにどうぞ。
神父様~、お客様です」
少年は、神父を呼びに教会の中に走っていった。教会からまだ若い神父が現れた。
「神官様ですか? ようこそおいで下さいました。お疲れでしょう。こちらに」
柔らかな表情と声だが、目は笑っていない。明らかに警戒されているようだ。私は言われるまま教会の中に入っていった。
◇◇◇
翌日から教会のスケジュール通りにこなしてみようと思った。神父は「そんなに急がなくても、1日くらいゆっくりしていたらどうです」と言ったのだがそうもいかない。
朝、4時半起床。支度を整え神父と合流。
6時半 礼拝。熱心な市民と孤児院の子供たちが礼拝席を埋める。朝から満堂の教会など、初めて見る光景だ。
神父が祈りの言葉を捧げる。皆で讃美歌を歌う。朝ゆえにほんのわずかの儀式。さあ終わったと席を立とうとしたその時、軽快な音楽がオルガンから流れた。
チャン♪チャラチャラララ♪ チャン♪チャラチャラララ♪ チャチャチャ チャララン♪ チャラ チャン チャン♫
「腕を大きく開いて~」
「ス――――」
「腕を閉じて~」
「ハ――――」
「はいっ みんな揃ってスーハースーハー。腕を開いてスー。腕を閉じたらハー。ご一緒に朝の儀式を行いましょう」
「ほら、神官様も一緒にどうぞ」
神父が僕に言った。やれと言うのか? それがここの習わしなのか? 毒食わば皿まで! やってやろう!
「まずは体をひねりましょう♪ いっちに さんし♫ にいに さんし♫ 吸って~ 吐いて~ 吸って~ 吐いて~♫ いっちに さんし♪」
「体を回して~♪ 呼吸は大事~♪ っはい いっちに さんし♪ にいに さんし♪」
「腕も回しましょう♪ 呼吸といっしょに~」
「首の運動~ っはいっ!」
「最後は深呼吸~ ゆっくりと~ スーハー スーハー スーハー スーハー」
なんなんだ、これは? この訳の分からない心地よさと、一体感は!
「今日も1日、元気にすごしましょう! これで聖なる儀式『スーハー』は完了です。皆様よい1日を!」
司会の信者が声を掛けると、スーハーしていた信者たちは、みんな笑顔で帰っていった。
この教会はなんなんだ? 僕はどうしようかと頭を抱えた。
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