閑話 サチのお見合い

「サチ、お前に見合い話が来ているんだが……」


 旦那様が私にこう言った。お見合い? なにそれ!


「いやなあ、お前が教会にいる所を、隣町の旅館の女将が見ていたらしく、ぜひうちの嫁にと神父に相談したらしいんだ。神父の方も教会に多額の寄付をされたらしく、無下には断れなくなってしまってな。私に相談に来たんだよ。私の家の使用人だから、私が断ってもいいが、お前が望むなら進めてもいい。どうする?」


 旦那はそう言うと、目をそらした。神父様も旦那様も断れない相手なのかな? あたしはよく分からないので後でメイド長と相談してから返事しますとその場を濁した。


「そうだな。それがいい。そうしてくれ」


 旦那はそう言うと、わたしを開放してくれた。



「……と、旦那に言われたんですけど」


 あたしは、メイド長に報告した。


「サチ、言葉遣い! 旦那様、はい!」


「だ、旦那様に言われました。どのように致しましょう」

「よろしい。そうですねぇ。どうしたものか」


 メイド長はすこし考えてから、あたしに事情を説明した。


「あの旅館はね、アマリーでは一二を争う大旅館でね、そこの女将はいろんなところに顔がきく名物女将なの。そこの女将に気に入られるなんて凄いことなのだけど……。正直に言うと、それがいいんだか悪いんだか難しいわね。かといって、神父様も旦那様も、女将と敵対したくもないでしょうし……」


「何が悪いんですか?」


あたしは、ほんとに分からなかったので、メイド長に聞いた。


「女将に気に入られて嫁に行くという事は、やがてあなたが女将になるという事よ。それまで、思いっきりしごかれるわよ」

「それは……、メイド修行よりきついという事ですか!」


「それよりは楽かも。あら? そうね。大丈夫かもしれないわね。……、いいえ、こんな逸材渡してなるものですか!」


 ここより優しい? いいかも。


「サチ! 断りなさい! 私が旦那様に謝ってあげますから!」


 とりあえず、会うだけあってみてもいいかな? その見合い相手に。


◇◇◇


 お見合いは見合い相手の旅館で行われた。あたしの親代わりに神父様とメイド長がついてきた。旦那、いや旦那様は馬車を仕立ててくれた。


「いくらサチを渡したくないとは思っていても、邪魔はしないで下さいね。メイド長殿」


 神父様は、落ち着かない様子でメイド長に頼んでいた。メイド長はプロだ。ターナー家の恥になるようなことはしないのに。メイド長は「フフ」と微笑んで神父様を惑わした。


 旅館に着くと、女将をはじめ従業員があたしたちを出迎えた。こわっ! 慣れない歓迎に背筋がざわついた。


「ようこそおいで下さいました。わたくしがこの旅館の女将、ジブリナでございます。皆様のご到着、心からおまちしておりました。ようこそ我がグラン旅館へ」

「「「ようこそいらっしゃいました」」」


 従業員が声を揃えて叫ぶ。居心地わるっ! 歓迎するのは慣れてるけど、歓迎されるのって心地悪い。


「サチさん。あなたのこと、気に入ったの。ぜひ息子とも仲良くしてね」


 女将がそう言って、私の手を取った。


「さあ、まずはお部屋でくつろいで頂戴ちょうだい。さあ、ご案内致しましょう」


 そういって、部屋に案内された。


  

 部屋で休んだ後、いよいよお見合い。ランチを食べながらお話するそうだ。


 カチャカチャ。クチャクチャ。ゴックン!


 食い方汚ねぇな。こいつ。


「それで、お前が俺の見合い相手? ふ~ん」


 なめるようにあたしをみると


「まあまあだな」


 と言って、クチャクチャと食べ始めた。


「あらあら、お気に召したようね。よかったわ」


 女将がそういうと「フン」と鼻を鳴らしていた。

 めんどくさい。今すぐ帰りたい。そう思いながら食事はつづけた。


「サチさん? 御趣味は?」


 女将に聞かれた。想定していた質問なので、打ち合わせ通りの答えを言った。


「そうですね。読書は好きです」


 嘘ではない。レイのお陰でラノベを読むようになったのだ。


「本なんか読むのか。女のくせに」


 目の前の見合い相手が言った。


「あなたは読まないのですか?」

「本なんか読めるか! 馬鹿」


 馬鹿? 本が読めない? 子供でも読めるのに。


「まあまあ、この子ったら。恥ずかしがって。サチさん。男の子はね元気な方がいいのよ。旅館はね、女将で持っているものですからね」


 えっと、本読まないのね、この人。


「読み書きはできるんですよね」

「まあ、一通りはおしえてあるけど……」


「バカにするな! でもそんなものはお母様と使用人に任せればいいんだ。生意気な女は嫌いだ。俺の言うことを聞いていればいいんだ」

「まあまあ、この子ったら。あなたがやりたくないと言っているのですから、読み書きが得意な有能なお嫁さんを貰わないといけないのよ」


 早く帰りたい。だめだ、この親子。メイド長の顔を見ると無表情になってる! やばい! 黙っていよう。


「じゃあ、後は若い者同士でお話をしたらいかがでしょうか。若い二人で」


 メイド長! やめて! 何を言うの!!!!!


「そうですわね。邪魔者は消えましょうか」


 神父様に目線を飛ばしたが、役に立たなかった。そうね。あの二人にはかなわないよね。


 あたしはクチャクチャと音を立てて食べる相手の自慢話を一時間聞かされるという拷問を味わうことになった。


◇◇◇


「どうやら、気に入られたみたいだな。サチ」


 あの現場を知らない旦那が、嬉しそうに言った。


「止めてください。無理です」

「なぜだ? いい話ではないか」


 はあ~。あたしはため息をついた。


「さすがに私も反対致しますわ。旦那様」


 メイド長が助けてくれた。


「でもなあ。女将は結婚させる気満々だぞ。是非にと嬉しそうにしていたよ。断るのは大変だぞ」


 あの女将の顔を想像して、3人でため息をついた。どうしよう。あの息子無理!


「いや、聞きしに勝るバカ息子ですわ。あの旅館女将で持っていると聞いてはいましたが」


メイド長が言うと「どうゆうことだ?」と旦那が聞き返した。


「平民の識字率が低いとはいえ、御商売を行っている上の者はさすがに読み書き位出来るように仕込まれます。しかし、あそこの御主人は全くの無学。あほボン。マナーもなっていない。それでは旅館は立ちいかない。そこで出来の良い今の女将が先代に気に入られ嫁がされたのです。そして息子もあれですから。しかし一人息子で継がせないといけない。そこで女将は、先代がしたように出来の良い嫁を探していたのですね」

「それでサチか」


 旦那様とメイド長が、可哀そうな目であたしをみてため息をついた。


「あれは無理です」

「分かりました。私がなんとか致しましょう。向こうから断らせればよいのですね」


 メイド長がそう言ってくれた。


「出来るのか?」

「もちろんでございます。サチ、これもターナー式メイド術の一つです。よく見ておくように」


 メイド術ってなに???


◇◇◇


「こちらの調査不足でございました。この話、なかったことにしてくださいませ」


 そう書かれた手紙が来た。何したの、メイド長?


「大したことはしていないわ、サチ。あなたが孤児院育ちとそれとなく情報を流しただけよ」

「それだけ?」


「孤児院育ちに大事な息子をやりたくないのよ。普通はね」

「普通? なんで?」


「そういうものよ」

「だって、あいつ馬鹿じゃん。孤児院の子供の方が優秀じゃない?」


「あのね、普通の平民は字が読めないのよ。最も、商人は読めないと仕事にならないのだけど。あの息子はダメね。……いい、あなたたちは特別なのです」


「?」


「分からなくていいわ。これでこの話はおしまい。どう、またお見合いする?」


「いや、もうこりごり」

「よろしい。では、ここでレイシア様に仕えなさい」


 そうだな、レイと一緒に過ごすのは楽しそうだ。


「はい! メイド長」

「では、訓練しましょうか」


 メイド長は、にやりと笑った。まずい事言ったかな、あたし。



 訓練は辛いけど、レイとの未来を想像したら頑張れる気がしてきた。

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