米の味
お祖父様は、馬車の中でレイシアに尋ねた。
「あの聖詠はどこで覚えたのだ?」
「孤児院ですわ、お祖父様。孤児院で神父様に習いました」
孤児院で神父が聖書の言葉を教える。そんなありえない事を言うレイシアに、お祖父様は領主として興味を抱いた。
「孤児院では、何をやっているのかな? どうやらオヤマーの孤児院とは違うみたいだ。教えておくれ」
「そうなのですか? まず、孤児たちは、朝みんなで教会に行くのです」
「教会? 孤児が」
「ええ。お祈りをした後、教会の掃除をするんですよ。何人かはご飯の準備に帰るみたいです」
「ほう。孤児が教会の掃除をしているのか」
「しないのですか?」
「しないな。孤児を目に入る所には出さないな。それから?」
「その後、私とクリシュ、弟と9時半に教会に行きます。そこで4〜5歳の孤児は読み書き計算を習います。私とクリシュは基礎が終わったので、図書室で本を読んだり、神父様の手伝いをしたりしていますね。他の子供たちも、外に仕事にいったり、山菜を取りに行ったり、畑を見たり、いろんな仕事をしていますね」
「孤児が勉強を? 仕事? 考えられんな」
「そうですか? みんな頑張っていますよ」
「いいかレイシア。このことは他で言っては行けないよ。お前が孤児院で勉強していた事もだ。お前らも他に漏らさぬように」
お祖父様は、使用人達にそう言うとレイシアに言った。
「平民でも読み書き出来るものは少ない。貴族の子でも10歳でやっと字を習う。孤児が5歳で字を習っているのはありえない事だ。知られたら神父ごと潰されるぞ。ところで、その神父の名はなんと言うのだ」
「教えても大丈夫ですか?」
「儂にだけだ。悪いようにはせん」
「バリュー神父様です」
「バリュー神父か。覚えておこう」
お祖父様は、レイシアの知識の基になったのが神父であると気付いた。そしてレイシアに対して、子供扱いは止めようと決めた。
◇
「ここが、米酒を作っている工場だ。酒は冬場しか仕込まないのでな、今は米の調理の仕方を研究している。昔は煮方が悪くて旨くなかったので、水に浸けて家畜のエサにしていたのだが、酒が出来るなら美味しい食べ方もあるはずと思うのだ。今、売り出しているのがこれだ。食べてごらん」
レイシアの目の前に、従業員が白っぽい小さなボールのようなものがを3個、お皿に乗せて差し出した。毒見として従業員が1つ食べた。
「さあ、おあがりレイシア」
レイシアは白いかたまりを1つつまんだ。指に吸い付く様な不思議な感じ。口の中に入れると、舌でつぶれる程柔らかい。しかし、味がよく分からない。
「すぐに飲み込まず、ゆっくり噛んでごらん」
レイシアがゆっくり噛み続けると、口の中に甘さが広がってきた。柔らかな食感にほのかな甘さ。硬いパンとは全然違う美味しさがそこにはあった。
「おいしい」
「分かるか。この味が」
「はい。柔らかな口当たりに、ほのかな甘さ。とてもおいしいです」
「そうか。しかし、問題が2点あるんだ」
「なんですか?」
「1つは調理法。上手く食べられるようにするには、手順とコツがいる。覚えてしまえばそう難しくもないのだが、覚えようとするかだ。もう一つは、甘さに慣れた王都の貴族が、このほのかな甘さを理解出来ない事だな。味がないと思われている」
レイシアは、お菓子の甘さを思い出した。
「だから今は平民向けに、この米玉を安く販売しているのだ。普及のためには儲けを考えたらいかんからな」
「……どういうことてすか?」
「米を多くの人が買いたくなるようにすることが必要なのだ。そのためには、食べ慣れてもらうのが一番。パンの代わりに皆が食べれば、米の消費が上がるだろう」
「はい」
「おいしい米にするには、精米と言う技術が必要なのだ。その特許はオヤマーが持っていた。今は切れたがどこもしていない。米が売れるようになれば、皆は安くて美味しい主食を得、オヤマー以外はどこも精米をしていないから独占的に儲かる。皆が幸せになると思わんか」
レイシアは、特許という言葉に反応した。夢にまで見た特許。
「お祖父様、特許について教えて下さい!」
「特許か。興味あるのか? ならば今度ゆっくり教えよう。今日は米だ。レイシア、お前は米についてどう思う?」
レイシアはしばらく考えた。考えるにあたって、米玉をいくつかもらった。オヤマーの人々は、米とはこうして食べるもの、こういう食べ物、という固定概念から抜け出せなかったのだが、初めて米を食べたレイシアは、自由な発想と料理人としての感で一つの方向性を導き出した。
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