聖詠
「ここが酒の神バッカス様を祀る教会だ。さあ、入ろうか」
お祖父様は、酒造りの工場へレイシアを連れて行く前に、まずは神様への挨拶をするように言い聞かせた。レイシアも、教会には馴染み深いので、ぜひ連れて行って欲しいとお願いしたのだ。
「ここがバッカス教会。大きいですね」
「ああ。ウチの産業の守り神だからな」
奥から立派な僧衣を身に着けた老神父が出てきた。
「お待ちしておりました、オヤマー様。どうぞこちらへ。おや、そちらのお嬢様は?」
「儂の孫、アリシアの子だ」
「はじめまして神父様。レイシア・ターナーです」
レイシアは丁寧に挨拶ををした。
「それはそれは。ではお嬢様もご一緒にどうぞ」
二人は、従者と一緒に礼拝堂へと入っていった。
◇
お祈りが終わると、神父様が二人を別室に連れて行った。お祖父様は、袋に入れた寄付の金貨を神父様に渡した。
「神の祝福を」
神父はそう言うと、金貨入りの袋を袖に入れた。
「お嬢さんは、なにか願い事はあるのかな?」
神父が聞くと、レイシアは少し悩んで答えた。
「私は賢くなりたいです。みんなを助けられるように」
「女の子なのに?」
神父は驚いて言った。
「女の子の幸せは、素敵な貴族と結婚することでは?」
「そうなのですか? でも私は賢くなりたいです。強く、賢く」
「強く賢くだと? お嬢さん、女が賢くなれると思っているのかな? 無理だよ」
「無理ですか」
レイシアは、これ以上話しても無駄だと思った。
「神は人を作りし時、男と女に分けた。男には力と知恵を。女には美と子を産む使役を。知恵は男の特権だ。女は美を磨き、男にかしずき、子を孕めばいいんだ。女に知恵など必要ないな」
レイシアは、歌うような声で祈りを捧げた。
『讃えよ讃えよ 我が名を讃えよ
我を讃える者 平等であれ
富める者も 貧しき者も
老いる者も 若き者も
男なる者も 女なる者も
全ての者に 知恵を与える
全ての者は 知恵を求めよ
知恵を求む者 我が心に適う
知恵を求む者 男女貴賤別無し』
「聖詠か……」
お祖父様はつぶやいた。
「なっ!」
神父は何も言えなかった。まだ学園にも入っていない子供が聖詠だと! 自分もうろ覚えしかしていない聖書の言葉をすらすらと暗譜するとは……。しかも聖詠。あんなマイナーな箇所を……。この状況で、1番的確な聖詠を持ち出すとは……。
「素晴らしいぞ、レイシア。お前の祈りは神に届いただろう。なあ、神父様」
神父は何も言えなかった。
「では、祈りも済んだし我々はこれで失礼しようか、レイシア」
「はい。お祖父様」
二人は神父に目もくれず、さっさと教会を後にした。
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