猫の髪留め

 サチは引き継ぎの2週間の合間、神父様から治療の説明を受けていた。働きたい者を休ませる意味と、休ませる難しさ。徐々に仕事を減らす加減。


「とりあえず、料理全般はなし。日中は先生に任して、帰ってからはゆっくりしてもらう。土日は家から離す。こんな感じでいい?」


「そのような感じで、やりながら調整していきましょう。ピクニックとかもいいかもしれません」

「ピクニックか。いいね、それ」


「よろしく頼みますよ、サチ」

「おう」


「それから、言葉遣いは丁寧に。『レイ』ではなく『レイシア様』あるいは『お嬢様』と呼ぶように」


「分かってるって。あたしだってここで訓練受けたんだ。オン・オフくらいつけるよ」


「おねがいしますよ。サチ」


 ◇◇◇


「膝は伸ばさない! 背筋は伸ばす! すり足を意識して、ハイッ」


 サチは早朝から、メイド歩行術の訓練をしていた。指導しているのは、メイド長とレイシア。


「あなたには、レイシア様の侍従メイドになって頂きます。以前は奥様付きのポエムがレイシア様の事を見ていたのですが、奥様が居られなくなってからは、侍従メイドをつけずにいました。レイシア様の体調管理をなさるのなら、侍従メイドの訓練です」


 との意見により、サチの身分は侍従メイドに決まった。その後、普通の歩行訓練をしたのだが、元々孤児院で何でもしていたサチ。さらに就職先の温泉で、ヌルヌル滑る床を縦横無尽に動き回り、掃除や整備をしてきた結果、脅威の体幹バランスを獲得していたのだ。


「あなたには、レイシア様に次ぐ素質があります。ターナー式メイド歩行術を覚えるべきです」

「すごいわ、サチさん。いえサチ。私と一緒に訓練しましょう!」


 ノリノリのレイシアと、教える気満々のメイド長。神父様に相談すると、


「まあ、レイシア様一人で訓練するより、サチが一緒にすればレイシア様の気分も変わるかもしれませんね。やり過ぎるようなら報告して下さい。止めますので」


 ということで、サチは早朝から訓練することになったのだ。


「サチ、素晴らしいです。さすが孤児院の姉御ですね」

「腰が引けていますよ、サチ」

「こうです。この足さばき がポイントですよ。さあ、一緒にやりましょう」


 レイシアの早朝訓練は、サチの指導が中心になり、すっかりリクリエーションになった。レイシアの中では。


 サチはしばらくの間、立ち上がるのも大変な筋肉痛に悩まされるのだった。


 ◇◇◇


「ほら、掃除なんかいいから温泉行くよ。レイシア様」


「レイシア様、厨房見ない! ウインドーショッピング行こう」


「明日は孤児院のチッコイ組とピクニックよ。クリシュ様と計画立てて来て下さい」


 サチはレイシアを積極的に外に連れ出した。ときにはサチの友人達とお茶をしたり、ウインドーショッピングしたり。

 レイシアは初めて、女の子どうしが交わって遊ぶ楽しさを知ることができた。庶民的な交わりだけど。


 レイシアは初めて子供らしい日々を過ごす事ができた。


 ◇


 ある日レイシアは初めて、自分で気に入った小さな髪留めを買った。クズ魔石をあしらえた安物だが、シンプルな猫のデザインで好感の持てるものだ。同じものを2つ買った。


「これ、主従関係じゃなく、その、友達の証として貰って下さい」


 レイシアはサチに、髪留めを手渡した。


「友達の証? 分かったよレイ。大事にするよ」


 サチはニカッと笑って髪留めをつけた。

 レイシアは、久しぶりにサチからレイと呼ばれたのが、嬉しくてしかたなかった。


 レイシアのワーカホリックは、サチおかげでだいぶ改善された。

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