30話 やっと会えたね

 翌日。朝食を食べ終えたレイシアは、やっと起きている弟と会えることになった。素晴らしいお姉さまとして認められたいレイシアは、もうドッキドキのドッキドキ。昨日寝顔は見てるいのに、それでも嫌われないかと心配してるのは仕方がない。お母様と一緒にクリシュのいる部屋に入った。


 お祖母様と手を繋いでいるクリシュ。


 (立ってる。動いてる。何てカワイイの)


 レイシアは、カーテシーをしてクリシュに挨拶をした。


「はじめまして、あなたのお姉さまのレイシアよ。これからよろしくね」


 クリシュは顔を見上げ、トコトコと近づいてきた。


 (まあ、なんてカワイイ歩き方。ギュってしたい)


 トコトコトコトコと近づいてきたクリシュは、レイシアのわきを通り抜け、お母様の足に抱きついた。


 (そっ、そうよね。落ち着くのよレイシア。嫌われているわけじゃないわ)


 お母様がクリシュを抱き上げ、

 レイシアに近づけた。レイシアは頭を撫でながら、「よろしくね。レイシアよ。レ・イ・シ・ア・よ」と名前を刷り込もうと必死。


「レ・イ・ティ・チャ?」


「そうよ!レイシア。あなたのお姉さまよ」


 レイシアは満面の笑顔で答えると、お母様からクリシュを受け取り、ギュウっと抱っこをさせてもらった。その後、プレゼントの黒猫のぬいぐるみを上げたらクリシュは大喜び。ニャンコニャンコと言いながら抱きしめたり撫でてみたり。レイシアは心の中で大興奮。


 (キャ~、クリシュったら天使なの? カワイイ! 猫とクリシュ。もう最高〜)


 姉バカの誕生であった。


 ◇


 ランチを取りながらお買い物。レイシアは弟クリシュから離れたくなかったが、お祖母様から「クリシュはこれからずっとレイシアと一緒にいるから。私達は明日でお別れなのよ」と言われ、お祖母様達と一緒に行くのを決めた。


 お洒落な雑貨屋に入ると、お祖母様は言った。


「レイシア、欲しいものはある?何でも買ってあげるわよ」


 レイシアは、お店を見て回り、シンプルで使いやすそうなペンと、レターセットを持ってきた。


「そんなものでいいの?かわいいものがたくさんあるのに」


「これがいいんです、お祖母様。これでお祖母様にお手紙書きたいんです。だから買って下さい」


 レイシアの一言は、祖母の胸を打ち抜いた。


「まあ、レイシア。あなた……」


 お祖母様泣きそう。すぐに包んでもらえるよう頼んだ。アリシアは(よくやったわ、レイシア)と、心の中で娘を褒めたたえた。

 お祖父様は、「わしも何か買ってあげよう」と混ざりたがったが、レイシアは、もう十分と断り、本屋に向かった。


 ◇


 今までにない、真剣な眼差しで本を選ぶレイシア。


「この子は本当に本好きなのね、アリシア」


 お祖母様は、こんなに小さなレイシアが、本当に本なんか好きなんだろうかと疑っていたのだが、本を選ぶレイシアの姿を見て驚き、感心したのだった。


「ええ、私が帰るまでの間、信じられない位勉強していたの。素敵なお姉さまになるんだ!って」


「無理させてないの? 大丈夫?」


「やりたいだけ、やらせているみたいよ。無理やりじゃないわ」


「それでもねぇ……」


 アリシアは、これ以上はまずいと思い、レイシアに話を振った


「レイシア、欲しい本決まった?」


「迷ってます。欲しい本だらけだわ」


「なんだい、レイシア。わしがいくらでも買ってやるぞ」


 お祖父様は、さっきの店で仲間に入れなかったので、ここぞとばかりアピールを始めた。


「本当ですか! あっ、でも、全部は多いから、各ジャンル一冊ずつなら大丈夫かな」


「ん、ほしい本を言ってごらん。無理かどうかは見てから決めたらいい。遠慮はいらんぞ。さあ」


 レイシアは目をキラキラさせながら、本を出してきた。


「では1冊目です。クリシュへの読み聞かせの絵本『黒猫さんのさんぽ道』。これが1番欲しいです」


 三人はレイシアを微笑ましく見つめた。


「おお、弟思いの素晴らしい子だ。もちろんいいぞ」


 レイシアは満面の笑顔。ここでやっと、全員が満足する買い物が成立した。レイシアが、「もっといいの?」と聞くと「まだまだ、好きなだけ言いなさい」とお祖父様は答えた。


 「それじゃあ、小説から。『追放聖女は辺境でスローライフを楽しむ〜今更連れ戻す?無理無理〜』これ読んでみたいです」


 お祖父様は『小さいのにこんなに字だけの本を読めるなんて素晴らしい」と買ってくれたが、お祖母様がお母様のを見る目が冷たい。


「アリシア、レイシアに変なこと教えてないでしょうね」


 にこやかに聞く祖母。目は笑ってない。怖い……。もちろん若い頃のアリシアの趣味は感づいている。


「私は何も……帰った時にはもう…………」


 それ以上は何も言えないアリシア。


「まだまだ買いなさい」


 本の内容はよく分からないが、とにかく孫に貢ぐ事に快感を覚えたお祖父様は、調子に乗っていた。本2冊など、ドレスを買うのに比べたらはした金。どんどんもってこい!って感じでいた。


 「じゃあ、次は実用書から。ちょっと高いけど大丈夫かな」


「大丈夫、出しなさい」


「では、『帝国料理レシピ20。流行りのレストランにするためのヒント』レシピ集は本当に高いから……」


 三人は(なぜレシピ?)と思った。


「なんだ、レイシア。帝国料理が食べたいのか? 夕ご飯は帝国料理にするか?」


「いいえ、お祖父様。私は帝国料理を作りたいのです」


 理解不能な三人。


「私、これでも料理長に認められた一人前の料理人です。見習いから一人前の料理人になった証のペティナイフを授与されたのです。だから一人の料理人として、レシピを研究しようと思っているのです」


 何言っているのか分からない。とにかく買ってやれば喜ぶ。高いと言ってもたかが知れている。喜ぶならばいいじゃないか。そんな気分で買い与えた。


「お祖父様、嬉しい!」


 ほら、そんな満面の笑顔を見られたんだ、どう使おうがいいじゃないか。そう思ったお祖父様は凝りもせずまた欲しい本を聞いた。


「まだ、いいんですか。じゃあ次で最後にしますね。専門書なので本当に高いのですが……『果樹産業における新しい経営。第六次産業についての手引き』」


「ど、どなたが読むのかしら?」


 お祖母様は誰かに頼まれたと思いたかった。


「もちろん私です」


 胸を張って答えるレイシア。

 お祖母様の思考は停止した。


「内容は分かるのかね」


 お祖父様は大人ぶっているだけだと思った。


「ええ、6次産業とは、食料の生産・流通・加工を第一次産業の担い手である……」


 流暢な説明に心が折れるお祖父様。とりあえず買うことは認めた。それを呆然と眺めるしかないお母様。


 レイシアは思いもかけず専門書まで買ってもらってニコニコと笑っていた。


「お祖父様、ありがとう」


 その言葉と満面の笑顔に対し、引きつった笑顔を向けるしかない三人だった。

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