はじめてのお手伝い①

 (みんなでスーハー スーハー 深呼吸したら落ち着いたよ)


 嵐のような休み時間も終わり食堂へ集まった子供達。礼儀作法の指導の成果かオンオフの切り替えが素晴らしい。


 今日のメニューは、硬い黒パンと、具の少ない野菜スープと、わずかばかりの干し肉。手を組んで食事のための食前の祈りを行う。


「作物の実りを育む、水の女神アクア様に感謝を。私達は大自然の恵みに感謝し祈りを捧げます」


 針が落ちた音も聞こえそうな、シーンと静まりかえった食事風景。さっきまで『ウヒャヒャヒャヒャヒャヒャーー』と踊り狂ってた子供達、今は静かに食事を行うギャップが凄い。あまりの落差にレイシアは混乱した。


 (音をさせちゃだめ、音をさせちゃだめ)


 スプーンでスープを掬おうとするが、緊張で手が震えスプーンが皿の縁に当たる。


「カチャカチャカチャ」


 子供達の目線が突き刺さる。


 (見られてる)レイシアは何事もなかった様にスプーンを置いて視線を下げた。目の前に一口サイズの干し肉があった。これなら!と指で摘んで口に放り込んだ。


 (しょっぱい! かたい! 水ほしい! スープ。そうスープをのむのよレイシア。でもスプーンカチャカチャはまずいわ… そうだわ、パンにつけたら!)


 レイシアは、(わたしはレディ わたしはレディ)と心の中で唱えながら、スープに浸したパンを食べた。その時! レイシアの口の中で奇跡の化学反応が起きた。


 薄味の野菜スープは塩辛くなった口中の塩分を洗い流し、干されて凝縮された肉そのものの旨味を引き出した。浸された黒パンは、やわらかな舌触りになり、未だスープに付けられていない本来のパンの硬い食感は、まるで上質なクルトンの様な歯応えに。


 干し肉・スープ・パンによる味の融合。三角関係のマリアージュ。これはまさに味のジュエリーボックスや〜。


 レイシアは心の底から『おいしい』と思った。


 だが、すべてはレイシアの勘違いと思い込み。様々なタイミングが成せた話だった。

 もし食べた順番がスープ 黒パン 干し肉だったら、


 『味薄い、ボソボソ、固くてしょっぱい!』


 なのだが、朝から三白眼でスーハーしたり、慣れない頭使ったり、輪になってウヒャヒャヒャヒャーと踊ったせいでお腹ペコペコ。空腹は最高の調味料。


 そこにいつもの手をかけた上品なお料理ではなく、『干しただけ、煮ただけ、小麦粉こねて焼いただけ』の三拍子そろった手抜……、よく言えば素材の味をダイレクトに引き出したいつもと違う料理法。


 口にしたことがない野性味あふれた新しい味覚とたまたま成功した三角食べの偶然の組み合わせは、空腹で塩分と水分を欲していたレイシアの体に、この食事美味しい、と勘違いさせただけの話だった。


 けれど、一度美味しいとインプットされたおかげで、レイシアは孤児院の味気ない食事を、その後も不味いと思うことなく食べ続けた。


 そんなレイシアを見ていた神父は、(貴族の子供なのに我儘言わず孤児と一緒の料理を食すとは、なんとできた子供だ)と感心していた。

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