第39話 後輩が店長に

「この家を、猫カフェにリノベするの?」


 寿々花すずかさんが、俺に聞いてきた。


「はい。これを見てください」


 会社のタブレットで、地図アプリを起動する。俺は、この家の周辺を映し出した。


「道路に面している勝手口は、塀を作って塞ぎます。正面玄関前にある道路は、両端に車両止めのポールがあるので車が来ません。一面を窓にしちゃってもいいかなって」


 車止めをしている道路は、スクールゾーンとなっている。


 それでもバイクは来るから、ネコが外に出ないような柵は必要だが。


「なるほど」

「猫カフェにリフォームすれば、この子たちも退去せずに家にいられます」


 俺が提案すると、「それいいよ!」と寿々花さんも言ってくれた。


「この付近は通学路でもありますが、お年寄りが多いです。のどかなので。そこに猫カフェができたら、若い人と高齢者が触れ合える場所になるんではないでしょうか」


 高齢者や引きこもりを対象にした、アニマルセラピー的な要素があってもいい、と提案してみる。


「ヒデくん、それって」


 寿々花さんが、海で話してくれていたことだ。


 それを今、実現させられたら。ここで。


「しかし、誰が入ってくださるか」


 大家さんは、困り顔である。


「わたしがやります!」


 村井が手を上げた。


「お前、会社どうするんだよ?」

「辞めます」


 あっさりと、村井むらいは告げた。


「いいのか? お前の勤務年数だと、退職金とかしょぼいぞ」

「そもそも、アテにしていないんで」


 村井の決意は、そうとう固いようである。


「あたし、そもそも猫カフェをやりたかったんです。だからお金を貯めていただけなので」


 そんな話、会社でもしていたな。


「といっても、ドリンクはどうしましょうか? わたし、お茶の点て方なんて知りません」

「フリードリンクにしたらいい。ドリンクバー形式にして、ドリンクは飲み放題にする」


 お茶請けも、市販のアソートでいいだろう。場所代だけを、時間刻みで取ればいい。あくまでも味で勝負ではなく、猫と戯れて癒やされてもらうための場所だ。憩いの場として機能させる。


「いいですね。でも、ボトルはどこでもらえば?」

「バカ野郎、村井。俺たちの会社名忘れたか?」

「はい。すいません。『ジャンガリアンビバレッジ』でしたね」


 ジャンガリアンビバレッジは、コーヒーやお茶・スポーツドリンクを製造する会社だ。


 村井は缶の自販機部門だから、頭が回らなかったんだろう。


「俺はフリードリンク部門の営業だから、お茶請けのツテもちゃんとある。安心しな」

「ありがとうございます」


 車いす状態でも提供できるように、座高の低いドリンクバーを用意することに。 


「それよりも金だ。賃貸でも高価だぞ。家賃とか、払えそうか?」

「ある程度お金はあるのですが、マンション退去させられて困っていたんですよ。おうちが手に入るなら、借金してでもこちらを使わせていただきたいです」


 村井のプレゼンは、ノリノリだった。しかし、それも見積書を見せてもらうまでで。


「くあああああああー」


 村井が、声にならない絶叫を上げる。


「払えそうか?」

「賃貸でも、やばすぎます。サラ金からお借りしても、届きそうにない」


 村井が、絶望の顔になった。


「待って。ちょっといいかな?」


 アパートに住む女子大生が、手を上げる。


「ウチのカレシさ、トリマーなんだよね。ずっと店がほしいってボヤいてて」


 二階を使わせてもらえないかとのこと。


「一階を高齢者との交流むきの猫カフェに、二階をトリミングのショップにすると?」

「うん。あんたがテナント借してくれるなら」


 瞬時に、村井は「おねがいしますっ」と頭を下げた。


「貯金はあるから、お金の問題はないよ。ウチのバイト代も使って」


 お金は、村井と女子大生の彼氏さんで折半となる。


「リフォーム料金ってどうなります?」

「どれだけ美品が必要かわからないけど、建物の感じからして大丈夫そう」


 そんなに、予算はかからないかもしれない。二階へ外から入れる階段を付ける程度でいいだろうとのこと。


「賃貸ですね?」

「はい。家賃収入は、大家さんに入ります」


 話はまとまった。


「あとは法律関係に詳しい人がいれば」

「あのー、わたくし税理士です」


 一番端に住んでいる男性サラリーマンが、挙手した。税理士さんだったのか。


「あたしら、弁護士夫婦だよ。夫は息子ともども動物苦手なんだけど、店で交渉する必要があったら、あたしに言って。夫も法律についてなら、協力はできそう」

松川まつかわさんまで」


 なんだか、話がトントン拍子に進んで怖いな。


「この不動産は、私の管轄ですから大丈夫です」

「ありがとうございます、寿々花さん。では村井さん、よろしくお願いします」


 いい感じに、話が決まっていく。


 その女子大生は、高橋たかはしさんと言うそうだ。


「高橋さんの彼氏さんは、通いになりますか?」

「だねえ。ウチが近いからOKだよ」


 大家さんは、その日の内に退去した。


 翌日から、工事が始まるという。


 ただ、そこから村井がどうするかだ。


 工事している間、ネコは寿々花さんの部屋で預かっている。


「ああ、これだけでも幸せです。このままでいたい」


 村井は幸せそうである。


 しかし、いつまでもこの状態にはできない。 


「ずっと寿々花さんのおうちでお世話になるわけにも、いきませんよね」

「大丈夫だよ、ゆのちゃん。私、ヒデくんのお家に住むから」


 えっ? えーっ!?

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