第37話 お隣さんの提案

 寿々花すずかさんの部屋へ俺たちは、戻ってきた。


「わあ、ここが寿々花さんのおうちなんですねえ。ウチと違ってキレイ」


 村井むらいは、目を丸くしている。


 さっそく、茶トラをケージバッグから出す。


 ひんやりしたフローリングの床が気に入ったのか。ゴロンと茶トラは横になる。


「わああ、かわいいね」

「コイツに罪はないですからね」


 茶トラが、寿々花さんに視線を合わせた。


「おいでー」


 寿々花さんが、しゃがんで茶トラを迎える。


 太ももをよじ登っていった。寿々花さんの腕に抱かれながら、「にゃあ」と小さく鳴く。


「おとなしい子だね」

「でしょ? とてもゴミを漁るような子じゃないんですよ! もうっ」


 まだ村井は、マンションでの扱いを根に持っているようだ。


 雑談をしていたら、いつの間にか二時間近く過ぎていた。ホントにネコは、見ていて飽きないなぁ。時間を忘れちまう。


「ゆのちゃんは、一応どこかに移る予定はあるの?」

「昨日の今日なので、どうもできないですね。ペットOKの物件が少なくて」


 最近だと、そうらしい。こっそり飼っている人もいるらしいが。


「このアパートは入り口が車道に面していないから、多少は安全かなって」

「はい。でもお部屋は、全部埋まってるんですよね」


 このアパートは、空き家がない。快適なのか、あまり出ていく人もいなかった。


「だからさ、ゆのちゃん。お部屋をシェアしよう」

「え?」

「ゆのちゃんの環境が落ち着くまで、しばらくここで一緒にルームシェアしよっか」


 寿々花さんが、提案してきた。


「いいんですか? あたしは助かりますが、大変なんじゃあ」

「私は一人暮らしで、仕事も在宅だから。ネコちゃんがいると、和むなあって」


 村井は、荷物も少ない。自分の生活さえ切り詰めて、ネコに心血を注いでいる。


「無責任なことは言えないが、当分の間は世話になったほうがいいかもな。お前、自分の生活犠牲にして、ネコに命かけてるだろ? そのうち、体を壊しかねん」


 その点、寿々花さんの監視があれば、健康面での心配はないだろう。


「寿々花さんのお料理を、毎日食べられるんですね?」

「そうだよ。じゃあヒデくん、久しぶりにお買い物に行こうか」


 村井が「あたしもお手伝いを」と手を上げた。


「ゆのちゃんはネコちゃんを見てあげて。まだ新しいおうちに慣れないと」


 寿々花さんがウインクをする。こんなポーズは、珍しい。


「……そうですね。えへへ」


 なぜか村井が、含み笑いをする。


 ネコ砂やエサの種類を聞き、寿々花さんはメモを取った。


「じゃあヒデくん、行こうよ」


 寿々花さんが、いそいそと靴を履く。


「はい」


 俺と寿々花さんは、部屋を出た。


 途端に、寿々花さんは手を繋いでくる。


 俺も、握り返した。


「なんかドキドキするね。悪いコトしてるみたい」


 必要以上に、寿々花さんはくっついてくる。


 心なしか、寿々花さんの顔が火照っているような。


「俺たち、付き合ってるんでいいんですよね」

「そうだよー、ヒデくん。おあずけ食らっちゃったから、お外でめいっぱいイチャイチャしよー」


 今度は、寿々花さんは腕を組んでくる。


 そんな寿々花さんを見ていると、こっちまで身体中が熱くなってきた。


「か、買い物をしましょう。そうめんとかで、いいんじゃないですかね?」

「だねえ。あっさりさっぱりしようか」


 腹にドンと入る料理がよかろうとのことで、そうめんに決定。今日はオヤツや、明日以降の食材を買い込むことにした。


 オヤツの後、夕飯に。村井も、料理は手伝う。


 そうめんは、酢で味付けしたサラダで冷やし中華にアレンジできる。

 ほかは、オクラの豚バラ巻きと、にゅうめんにアレンジできるナスと玉ねぎのお吸い物だ。


「いただきます!」


 村井は、そうめんをガツガツ食う。


「残ってもいいからね。明日、それにカレー粉を入れて、カレーそうめんにするから」

「ふわい」


 昼も麺類だったのに、村井は文句ひとつ言わない。それにしても、よく食うなぁ。


「ああ、先輩。毎日こんな、おいっしいお料理を食べているんですねえ」

「そうだな。で、俺がコンビニでスイーツを買ってきて、寿々花さんに食べさせるんだ」

「んふふ……白状しましたね?」

「え、なんだ……あっ!」


 一瞬何を言われたのかわからなかったが、ようやく気がつく。

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