第六章 お隣さんと、トラブル解決デート

第36話 家を追い出された後輩

 結局、その夜は何もなし。


 俺は村井むらいからあらかた事情を聞きつつ、缶ビールを煽るほど飲んでソファで眠った。


 寿々花すずかさんも、バスローブをまとってベッドへ。泣いている女が待っている中で、一夜をともにはできないらしかった。寿々花さんの優しさである。


「こういうとき、寝台特急に乗れるってありがたいですね」

「そうだねえ」


 三時間電車に揺られる旅だが、割と快適に帰ることができた。


 電車の中でもういっぱいって気分だったが、さすがに人を待たせた状態で飲むのは気が引ける。



 まだ酒が残る頭を抱え、待ち合わせの駅へと降り立つ。


 

 待ち合わせ場所には、グレーの茶トラ猫を抱いた村井 ゆのがいた。

 飼い猫の茶トラは、ケージバッグに入れられている。

 泣きつかれてやつれている姿が、実に痛々しかった。

 

 俺と寿々花さんとの夜を邪魔した人物だが、責める気になれない。

 荷物は着替えだけキャリーバッグに収まるだけ収めて、他の家具類は実家に返したそうで。


 心配してくれて、寿々花さんも来てくれた。俺はいいといったんだが。


「大事な夜だったのに、本当にごめんなさいっ!」


 往来で土下座しようとし始めたので、俺と寿々花さんで止める。


「とにかく落ち着け。朝飯まだだろ?」

「はい。ホンットにごめんさないぃ」

「詫びるのは全部話してからにしろ。とにかく、ピオンまで行こう。事情を説明してくれ」


 昨日の村井は泣いてばかりだったので、なんの話も聞くことができなかった。今は、多少なりともおちついているはず。


 ピオン内にある、「ペット入店OK」のカフェに入った。一一時なので、三人でブランチにする。


「でね、ひどかったんですから!」


 ナポリタン大盛りをズバズバ食いながら、村井が脈絡のない話を繰り返す。


 俺と寿々花さんも同じナポリタンセットを頼み、村井から話を聞く。


 要約すると、「ゴミ捨て場を漁っているやつがいる」と、村井に苦情が来たらしい。茶トラが疑われたのである。


「なんでも、犬嫌いな人が引っ越してきちゃって」


 結局、全面的にペットが禁止になった。村井は最後まで抵抗したが、追い出されたんだとか。


 寿々花さんが翻訳してくれなければ、話の筋がわからなかったところだ。コイツ、相手が事情を知っている体で話すからなぁ。


「なのに、犯人はペットちゃんたちじゃなくて、カラスだったんですよお!」


 ぶええええ、とまた村井が泣き出す。


 昨日はネコをピオンのペットホテルに泊めて、自分はカプセルホテルで夜を過ごしたという。


「わかったわかった。で、どうする気だ? 実家から、出勤するのか? 実家でも猫を飼ってんだろ?」

「はい。でも、遠すぎなんですよぉ」

「今が連休でよかったな」

「はいい」


 ナプキンで、村井が鼻をかむ。


「もともと鳴き声とか、色々と苦情が多かったんで、覚悟はしていたんですけどね」

「厄介払いっぽいな」

「マンションからは一応、違約金はもらいました。でも新居探しには足りませんっ」


 こっちの責任でもあるから、とのこと。


 そこに、寿々花さんのスマホが鳴った。電話を切ると、大家さんからだそうで。


「大変。大家さん、退去なさるって!」


 マジか。トラブルって続くんだな。


 コイツを一人で放っておくワケにはいかない。かといって、大家さんの家に連れて行くのも。


「あのさ、大家さんの家は、保護猫がいっぱいいるの。事情を話してもいい? 猫ちゃんを遊ばせられるかも」

「ホントですか? お願いします」


 たしかに、ケージの中で過ごさせるのもストレスだろう。


 寿々花さんが、大家さんに電話をかけた。大家さんも、問題ないという。


『明日は日曜なので、大家さん宅にみんなを集めて会議にします』


 寿々花さんが、アパートの住民たちにメールを発信する。


 全員から、OKサインが出た。


「今日はどうするんだ?」

「また、カプセルホテルですねー」

「よかったら、ウチにおいでよ。ヒデくん触らせてほしいし」


 寿々花さんが、村井を泊めてくれるという。


「ありがとうございまぶ」


 また、村井が号泣し始めた。


 これは、早くアパートに戻ったほうがいいな。

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