第35話 ディナーのあとは……

 ことの行く末を見守ることなく、俺と寿々花すずかさんは退散することにした。


 あんなの、マジマジと見るもんじゃないからな。


「若い子ってすごいね」

「さっきの二人、ポスター張っていたカップルでしたよね?」

「どうなっちゃうんだろうね。うまくいくといいね」

「いくんじゃないですか? ラブラブでしたよ」


 艶めかしい声が聞こえてきたので、ダッシュで階段を駆け下りた。気にはなるが、ディナーもあるし。


 浴衣を返し、タクシーでホテルまで帰ってきた。


「シャワーします?」

「いい。ねえヒデくん。お風呂はさ、その……お食事してからにしよう」

「はい」


 二人とも部屋でドレスアップして、ディナーへと向かう。


「すごいキレイです。寿々花さん」

「ありがとー」


 寿々花さんは、ワインレッドのドレスを。朝のプールとは違ったポニーテールで、髪をまとめていた。髪留めまで、美しい。


「でもすごいね。こんな衣装までレンタルできるって」


 くるりんと、寿々花さんがまわった。かわいい擬音まで聞こえてきそうだ。


「ヒデくんもかっこいい。髪型バッチリじゃん」

「久しぶりですよ。セットするの」

「似合ってるよ」

「ありがとうございます」


 俺もグレーのスーツを着て、寿々花さんの前に座る。


「あ、花火」


 寿々花さんが、窓の向こうを指差す。


 ドレスと同じワインレッドの花火が、打ち上がって消えた。


「音すごいね。響く」

「ホントですね。心臓にきます」


 窓から花火を見ながら、ノンアルコールのシャンメリーで乾杯する。飲めない寿々花さんに合わせたのだ。


 今日は、酒が入ると色々やばいから。


 あんなの見せられ、正気でいられる自信がなかった。


 ああ、アルコール度数がゼロでもうまい。


「無糖ですけど、平気ですか?」

「おいしい。お食事に合うー」


 寿々花さんは、前菜のジュレをぺろりと平らげた。腹減っていたのに、ガマンしていたんだな。


 ずっと見ていてわかったが、寿々花さんは割と食う。おかずを大量に食べても、まだデザートの余力を残すくらいには。


「へえ、カルパッチョじゃなくてお刺身が来るんだね」

「次がラムだからだと思います。クセが強いですし」

「なるほどー。サッパリめで攻めると」


 箸に持ち替えて、寿々花さんはわさび醤油でマグロの赤身を口へ運ぶ。


 刺身ときて、肉にメニューが変わった。


「ラムなのに全然、臭くないよっ」

「予想に反して、骨ごときましたね」

「骨付きラムとか、かぶりつきたいっ」


 わかる。屋台の串焼きをずっと眺めていたもんなぁ。骨を持ってガブッとかじりたいだろう。俺も同じ意見だ。


「ヒデくんさ」


 デザートの柚子シャーベットを食べながら、寿々花さんが俺に問いかけてきた。


「今日、どうして海に誘ったか、わかる?」 

「ん? なんでしょう? どうしてかな?」


 思い当たるフシはある。しかし、そんなの教えてないし。


「このホテルの予約って、夏の間ならいつでもいいじゃん。でもさ私、どうしても今日に誘いたかった」

「え、ひょっとして」

「うん。お誕生日おめでとう。ヒデくん」


 あ、教えたのはあれか。村井むらいだな?


「ありがとうございます。今日が、生きてて一番うれしい」

「大げさだよ、ヒデくん」


 寿々花さんが、俺の肩を押す。その後、俺の肩にずっと手を置く。


「お風呂、入ろうか」

「はい」


 夜景の見えるディナーを終えて、二人で入浴する。


 もう、二人で入るのになんのためらいもない。


 躊躇すると、遠慮合戦に鳴ってしまうとわかったから。


 ともに身体を隠しているが、バスタオルだけだ。泡風呂なので、体の線すら見えない。それでも。


 お互いの気持ちは、もう気づいている。


「来て。ヒデくん」


 バブルが舞う湯船の中で、寿々花さんがバスタオルを取った。


「寿々花さん」


 俺も、腰のタオルを浴槽の端に。


「ヒデくん」


 寄り添おうとしたその時だった。


 けたたましいスマホの着信音が鳴ったのは。


『先輩うわああん! こんな夜にごめんなさああああい!』


 電話を取ると、泣いている女の声だった。


「あ? 村井?」


 どうしたんだろう、こんな夜に。


『うわああん。マンション追い出されましたぁ!』

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