第33話 かき氷と、思い出

 頭の熱を解消するには、かき氷が一番だ。


 寿々花すずかさんは練乳いちご、俺はみぞれにした。


 紙コップ越しに、ひんやりした感触が伝わってくる。これだけでも、今までのドキドキが解消されそうだ。


 シートに戻って、並んでかき氷を食べる。


「お見合い相手から逃げて、家出したと思ってた?」

「あ、いや」


 俺は、言葉に詰まった。みぞれをかき込んで、ごまかす。


 実はお見合いとかが絡んでいるかなと思いつつ、そうではない確信はどこかにあった。


 どうも寿々花さんからは、恋愛の色を感じなかったから。恋で逃げ出すような人ではない感じは、ずっとあったのだ。 


「父が、私に会社を継がせようとしたの。でもね、私は引き受けなかった」


 寿々花さんの父親は、都市一点集中の新築住宅街を目指していた。そのプロジェクトを、寿々花さんに担いたいと。


 一方、寿々花さんの考えは違った。『既存の建物をリノベーションして、低コストで若い人に提供していく方がいい』、『シェアハウスと空き家ビジネスの融合』、『田舎暮らしでも若者が満足できる住環境の整備』などを訴えている。


「古民家をコンビニに改装して、『コンビニだけど、くつろげる感じ』にしようとしたの」


 京都へ旅行したときに瓦屋根のコンビニを発見して、思いついたのだとか。


「昔の駄菓子屋さんって、お座敷あったでしょ? もんじゃとか焼けてさ。あんな感じ」

「わかります」

「駄菓子で舌を汚したりしてさ」

「ああ。そういうのありましたね」


「でしょ?」と、寿々花さんが舌を出す。まるで子どもみたいに、シロップいちごで舌を染めていた。


「でもそれだと、ワンオペになっちゃうでしょ? だから公共料金払いや荷物の受け渡しなんかは、別に窓口を設けて、そっちでやってもらうの」

「空き家で、管理するんですか?」

「そうそう。郵便局とか運送会社さんの管轄にしてもらって」


 ちょっとした、郵便局みたいな感じか。


「若い人にお年寄りの話し相手や荷物を管理させるなどで、雇用を増やすと」

「うん。人当たりがいい子は、いるはずだから」


 広い田舎町だと、郵便局に行くだけでも大変である。そこで、空き家を利用できないかと考えたのだ。場所によってはやたら広いから、倉庫にだってもってこいだろう。蔵などが残っていたら、最高だ。


「これからの不動産は、新築しないリノベのほうが主流になっていくよ。たしかに今の建築技術は、耐震面などから考えても優れてる。でも昔の建築方式のほうが、見た目や快適さのセンスは高いよ。住むなら、そっちに入りたいかな」

「どうしてそう思ったんです?」

「海外の人から、『せっかくニッポンに来たのに、瓦の家が少ないデース』ってガッカリされたの」


 寿々花さんが、外国人のカタコト日本語をマネした。


 瓦は地震で落ちてきたり、台風で吹き飛んだりする。なので、固定する方法を見直されているのだとか。


 昔の建築技法を強度を上げて提供したほうが、海外では受け入れられると主張した。


「でもね、父はダメって」


 新築でなければ、大きなお金が動かない。そんなプロジェクトに、寿々花さんの父親は大反対した。


「だからヤケになって、自分で事業を立ち上げたの」

「スモールビジネスですね」


 しかし、父親に発覚してしまう。


 口論の末、寿々花さんは家出した。居所は、母親しか知らないという。


「父の言い分はわかるし、父には父の理想があるのはわかるよ。でも、私には違う考えがあるんだ」


 このかき氷のように、雪解けが来るときは来るのだろうか。


「空き家ビジネスは、数だよ。今はどこも、倉庫管理の人手が足りなくて。ドライバーもお給料が安いってやめちゃうし」


 自分の語りが熱くなっていたのに気がついたのか、寿々花さんは一気に紙コップを煽った。


「ゴメンね、しょうもない話を聞かせちゃって。ゴミ捨ててくる」

「一緒に行きます」


 さっきの学生カップルが、畳の間でメロン味のかき氷を並んで食べている。


 海の家の壁に、何かが張ってあった。学生たちの隣にも、同じ紙が。


 かき氷を食べ終わった二人が、自転車に戻っていく。


 男子の方は、寿々花さんに見とれている。それを、女子が耳を引っ張っていった。


「ん?」


 寿々花さんは、ポスターを眺める。


「今日、夏祭りがあるって」


 神社で、夜店も開かれるらしい。浴衣のレンタルもあるそうだ。


「いいですね」

「一緒に行こうよ」

「はい」

「あっ、でも、ディナーもあるんだよねぇ」


『窓から花火が見られるディナー付き』って、しおりには書いてあったな。


 花火って、このことだったのか。


「どうしよっか? どっちかあきらめる?」


 屋台でガッツリ食って、神社の隅で誰にも見られない穴場で花火を見ながら、ってシチュもいい。


 でもここは。


「決まってるじゃないですか」

「だね」



 俺たちは「両方!」と声を揃えた。



 思いの外シンクロ率が高かったので、二人とも吹き出す。


「屋台は夕方に行きましょう。遊びメインにして、花火はディナーで見ましょう」


 ここから神社は近い。急ぐ必要はないだろう。


「そっか。そうしよう。今日はリードしてくれるね」

「ええ? いや」


 段々と、寿々花さんとの距離が近づいていくのを感じていた。

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