第31話 流された水着と、海の家の焼きそばと

 寿々花すずかさんの水着の上部分が、流された。


 今、寿々花さんは俺に胸を預けている。


 つまり今の俺は、寿々花さんとゼロ距離で密着しているわけで。


 ビーチボールは、波打ち際でさみしげに転がっている。今の俺たちからは、遠い。あれを浮き輪にして、取りに行こうと思ったが。


「ありましたよ、寿々花さん」


 ブラを、俺は数メートル先に見つけた。大きな白いブラが、水面にプカプカと浮いている。


「俺について来てください、寿々花さん」

「うん」


 俺に合わせて、寿々花さんが横へと動き出す。


「いち、にっ、いち、にっ」


 ムカデ競争というか、社交ダンスのように横歩きする。そうやって、少しずつ水着との距離を縮めていった。


 何も考えない。少しでも寿々花さんに意識が向けば、俺はとんでもないことになる。


「ひゃあ」


 急に、水が深くなった。足が届かない。結構深いところまで流されたんだな。クラゲがいなくてよかった。このこすれてるのって、多分。いや、もう考えるのはよそう。


「きれいな水だねぇ」


 寿々花さんの方がキレイです、なんていったら、セクハラになってしまうだろうか。


 いかんいかん。目を合わせてしまった。


 怖いのか、寿々花さんがギュッと俺にしがみついてくる。


 余計に、ポヨンとした弾力が俺に押し付けられた。


「ああ、寿々花さんやりました」


 俺は水着を手に取る。


「ありがとう、ヒデくん」


 寿々花さんは後ろを向き、水着をつけ直す。


「身体を支えててくれる?」


 何度やっても、寿々花さんは身体が回転してしまう。そのたびに、俺は顔をそらさなければいけない。


「支えました」


 腰に抱きついて、寿々花さんの身体を固定する。


「ありがとー」


 どうにか、寿々花さんは水着を着直せたようだ。


「ふう」


 急にぐったりとなって、俺はため息をついた。


「ゴメンね、ヒデくん。面倒をかけて」

「いや、違うんです。無事でよかったなって」


 寿々花さんと一緒に、砂浜まで泳いで渡る。


 ボールを回収し、気分転換に海の家で休むことに。


 ビーチボールを返して、シャワーで砂を落とす。


 体を拭きながら、壁にはられたメニューに視線を移した。何を食べようか。


「今日は、お弁当持ってこなかったからなあ。お腹ペコペコだよ」


 夏ということもあり、弁当は避けた。海の家で食べたいという欲求もある。


「焼きそばにしよう」

「俺も同じものを、焼きトウモロコシを買いますね」

「ありがとー。じゃあ、人数分のジュース買うね」


 焼きそば、モロコシ、ジュースを人数分買う。


 待っている間、畳に寝転んでエアコンの風で涼む。


 寿々花さんは、水着の上に白いTシャツを着ている。それがかえって色っぽくなっていた。


 感情を押さえるのに、俺は必死になっている。


「いただきまーす。うん、おいしいね」


 海の家の焼きそばがマズいなんて、都市伝説だ。こんなに、味が整っているではないか。地元のB級グルメだったりするから、侮れないんだよな。


「ホルモン入ってますよ。うまいわけだ」


 シマチョウのコリコリ食感が、海で疲れた身体を回復してくれる。


「すごい。精がついちゃうね」


 にんにくも効いていて、パワーがみなぎりそうだ。


 今、みなぎられると困るんだが。


 目の前に、白ビキニの妖精がいるし。


「寿々花さんって、オイルとか塗らないんですね?」


 女子で海といえば、日焼け止めオイルかなと思ったのだが。


「私は、お肌が荒れないから。案外、頑丈なんだよね」


 寿々花さんの場合、アフターサンオイルを塗る程度で大丈夫らしい。紫外線に対しては、特に被害が出ないとか。若いってすげえな。


「もしかして、塗りたかった? 気が利かなくてゴメンっ」

「いえいえ。大丈夫ですっ。違ってですねえ!」

「わたしなんかでよければ、お願いしようかな?」


 結局、オイルを塗ることに。


 ブラを押さえながら、寿々花さんが肩紐を解いた。


「じゃ、お願いしまーす」


 パラソルに敷いたビニールシートの上に、寿々花さんは寝転ぶ。

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