第28話 酔ったお隣さんを介抱

「ヒデくん?」


 至近距離で寿々花すずかさんと見つめ合い、俺は思考がぐちゃぐちゃになる。


「ああ。すいません。しまったジュースが」


 寿々花さんのブラウスに、俺のビールとジュースが染み込んでいく。


「タオル持ってきます!」


 俺は寿々花さんからどいて、浴室からタオルを用意した。


「大丈夫だよ。今からお風呂に入るし」


 なんと、寿々花さんがブラウスのボタンを外しはじめたではないか。黒いブラがドンと視界に入ってくる。


「うおおお! 待って待って!」

「お風呂入っている間に、シミ抜きするから」

「ここは、あなたの部屋ではありませんからねっ!」


 俺は寿々花さんの肩を抱いて、軽く揺すった。


「ん~?」


 キョロキョロと辺りを見回し、寿々花さんは「そうだったぁ」と笑う。我に返ったようだが、まだ酔っている。


 そういえば、奈良漬とか、ケーキにかかってるリキュールの香りでも酔ってしまう人がいたな。寿々花さんは、酒にかなり弱いみたいだ。


「俺の服を着てください! お風呂は自分のを使ってくださいね。ささ、お部屋に戻りましょう」


 寿々花さんに、俺のスウェットを貸した。


「はあい」


 スウェットに袖を通しているが、わかっているのかどうか。これで入浴させるのは危険だな。風呂の中で寝てしまいそうだ。


 いっそ寝てもらおうか。一旦寝てもらって、そこから風呂に入ってもらおう。今の寿々花さんを一人にしておくと、何をするかわからない。


 俺は、寿々花さんを自分のベッドに眠らせた。フローリングでは、固くて眠れない。ベッドしかなかったが、これは不可抗力である。


「くかー」と、寿々花さんはすぐ寝てしまった。限界だったんだな。


 それにしても、二度も同じ部屋で寝ることになるなんて。


 明日は仕事なのだが、これ仕事になるのか?


 寿々花さんの酒量だと、まあ二日酔いになんてならないだろう。ほうっておいても大丈夫のはずだ。


 まさか、連休最終日に女性を介抱することになるとは。


 幸せそうに眠る寿々花さんを見ながら、俺はため息をつく。


 シミ抜きの方法をサイトで調べて、実践する。これでいいはずだ。明日には、シミが取れているだろう。


 もう少し、飲んでおくか。


 ちょっと早いが、来客用の布団を敷いて眠った。意識を睡眠に持っていかないと、変な妄想にとらわれてしまう。


 だが、夜中にドン、と心地良い弾力で目を覚ました。


 なぜか、寿々花さんが俺の布団に潜り込んできたのだ。俺に全体重を預けている。


「寿々花さん!?」


 俺は、寿々花さんを引き剥がす。


「う~ん」


 だが、寿々花さんは起きない。むしろ、俺を抱きまくらと勘違いして、引き寄せてくる。


 ロングスカートはめくれて、白い足が俺の足を挟み込んでいた。


 寿々花さんの寝顔が、すぐそこにある。


 だが、妙な気は起こせない。ここで手を出せば、俺はここにはいられなくなるだろう。


 せっかく、寿々花さんと仲良くなれたんだ。欲望に任せて、自分でぶち壊すなんてできないよな。


 されるがままになりつつ、俺は意識を手放す。

 



「ひゃああ」


 翌朝、寿々花さんの悲鳴で俺は目を覚ました。


「ごめんなさい。わたし寝ぼけちゃったみたいで」


 服を整えて、寿々花さんは取り繕う。


「いえいえ。おはようございます。限界だったんですね」


 半身を起こして、俺はあぐらをかく。寝覚めは案外、スッキリしていた。


「ごめんねえ。おわびに、朝ごはん作るね」


 トテトテと、寿々花さんはキッチンへ。


 俺は仕事へ行く用意をした。


 卵焼きとレタス、トーストが食卓に並ぶ。 


「おお、バッチリだねぇ」

「また鬼残業があると思うと、ここまでシャキッとできませんが、いいリフレッシュになりました」


 トーストをかじりながら、英気を養った。


「よかった」

「シミは大丈夫でしたか?」

「うん。ありがと」

「昨日は、ホントにすいません」

「いいよ。悪いのは私だから」


 お互いに、玄関から出ていく。



 

 夕方、喫煙中の松川夫人と出くわした。寿々花さんのおみやげに、子どもが喜んでいるとか。


 別れ際に、松川夫人が耳打ちしてくる。


「寿々花さんがあんたの家から出てきたのを見たけど、なんかあった?」


 おっとぉ。


「本人に聞いたら、『用事を頼んでいた』って、はぐらかされたけど」

「用事があったんで、頼まれていたんですよっ!」

「そうかな? 仲はよかったみたいだけど」

「気のせいですって」


 まあいいか、と松川さんはタバコに火をつける。


「仲を取り持ってほしいなら言ってね。ゴムは持ってないけど」

「勘弁してください」

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