第26話 一緒にホットケーキ
映画を見終わると、すっかりデザート気分になった。
劇中でアニメキャラたちが、うまそうにホットケーキを食っていたからだろう。
「ああ、軽い飯テロを食らったね」
「そうですね。頭の中が、ホットケーキでいっぱいです」
「じゃあヒデくん、作ろうか」
雨の中、買い出しへ。
最初に、ホットケーキミックスと卵を買う。小麦粉でもいいが、それだとパンケーキになる。砂糖が入っていないのがパンケーキだそうだが、厳密には決まっていないらしい。
はちみつとバターも、忘れずに。
「チューブチョコレートも買おうか。おいしいよ」
「ああ。パーティ感があって最高ですね!」
ついでに、夕飯を買う。傘を持っているからそんなに荷物を運べないが、まあいい。
ミックスと卵、牛乳をボウル内に合わせてかき混ぜる。
「ヒデくん、ホットプレートってある?」
ホットケーキといえば、その場で焼くのが一番うまい。
「なかったら持ってくるけど」
「はい。大丈夫です」
家族が「人を家に呼んで焼肉するかもしれないから」と、持たせてくれたのだ。実のところ、新しいものを買おうとしていてお古をもらった感じだけど。
「キレイだね」
「全然使っていないので」
台所の隅でホコリを被っていたため、濡らしたキッチンペーパーで拭く。
「コードは、と。ありました」
配線をコンセントにつなぎ、準備はOKだ。ブレーカーには干渉しないだろう。
「じゃあ、焼いてくねー」
油を引いて、生地をプレートへ流した。ジュワッと、プレートから爽快な音が。
「泡立ってきましたね」
「この瞬間が、たまんないよねえ」
ほんのりいい香りになったら、ひっくり返す。
きつね色になった生地を見ると、俄然期待値が上がった。
「バターはちみつと、チョコのどっちがいい?」
「くうう、決めかねます!」
どっちも趣があって、うまそうだが。
「だよねえ。両方半分ずつ切って食べようか」
「そうしましょう!」
生地を半分に切って、片方はバターとはちみつ、もう片方はチョコをトッピングする。
「う、ま、い」
ロボットみたいな感想が出た。思考が止まるくらいうまい。
「生クリームって案もあるんだけど、時間が掛かるし。パンケーキだったら無条件でさいようだったんだけど」
また次の機会だな。次があるといいが。
「もうわたしたちくらいだと、甘いのダメかなって思ったけど、全然いける。童心に帰ったみたい」
「ですよね。満たされます」
こんな、特に代わり映えのしない食べ物が、泣けるくらいウマい。
「いいですね。うちでもよくやりましたよ」
妹が大のホットケーキ好きで、よく弟にせがんでいた。俺じゃない辺りが哀しいが。
「最後は生地のしずくを垂らして、カリカリになるまで焼くんです」
「おいしそう。やっておくね」
お玉に付いた生地のしずくを振って、寿々花さんはプレートに落としていく。
カリッカリに焼き上がった生地を皿に移し、はちみつを垂らす。
「いただきます。あっは!」
寿々花さんが、豪快に笑った。
「あー、これおいっしい! おいっしいわこれ!」
語彙力が消滅するくらい、うまかったらしい。
「これ、ボーロだよ。ボーロ! ボーロ好きだったの!」
お祖母様の家にあったボーロを、寿々花さんは思い出したらしい。
「今はもうなくなっちゃったんだけど、家族の中でおばあちゃんだけが味方だったなぁ」
「そうなんですか?」
「家族で食事なんて、したことなかったや。おばあちゃんとおやつを食べるときだけが、幸せだった」
「いつも一人だったんですか?」
「うん。だから自分で料理を覚えた。ご飯くらいは楽しみたかったの」
お祖母さまやお手伝いさんに教わりながら、料理の楽しさを学んだそうだ。
「雨、上がったね」
「そうですね」
腹が落ち着いて、ずっと窓の外を眺めている。
雨粒は、すっかり乾ききっていた。日も、落ちかけている。夕焼けが眩しいくらいだ。
「まだ、誰も帰ってこないね」
「ですね」
映画もあらかた見終えて、そんな他愛のない会話をずっと続けていた。
「……ヒデくん」
「寿々花さん」
「私、もうガマンできない」
うっとりした眼差しで、寿々花さんが訴えかける。
「はい。俺もです!」
俺は、寿々花さんに返事をした。
「ヒデくん! 外で焼肉しよう!」
「したいです!」
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