第20話 部屋には二人、ベッドはひとつ
ユースホステルって普通、二段ベッドだよな。
しかし、部屋には広めのベッドが一つしかなかった。
「高い家具は、身体が不自由な人には危険」という、ユースホステル側の理屈らしい。
「エアーベッドだね、ヒデくん」
「そうですね」
たしかに、クッションが柔らかい。
とはいえこのベッド、介護用なのだ。
広いって言っても、二人が眠れる幅はない。
「俺、床で寝ますよ。ソファもあるし」
「くっついて寝よ。あったかいよ」
寿々花さんが、とんでもないことを言い出す。
「え、たしかにお風呂上がりですから、湯冷めしちゃいけないのはわかります。ですが、無防備過ぎません?」
この人、自分の魅力に無自覚すぎ!
「俺だって、無害なわけじゃないんです。一緒に寝るってことはつまり、ヤバイわけで」
「うん、でも、手だけでも握ってて欲しいなって」
「手ですか?」
「そう。あの、ちょっと」
なにか寿々花さんが話そうとした途端、ドーン! という音が響く。
「きゃあ!」
いきなり、寿々花さんが俺に抱きついてきた。
「寿々花さん!?」
俺が呼びかけても、寿々花さんは答えない。柔らかい感触を俺に押し付けたまま、硬直している。
「雷、ダメでしたか?」
可能性がありそうな考えを巡らせ、寿々花さんに問いかけてみた。
首がコクッと上下する。
やはりそうか。だから一緒に寝てくれと。
「おうちだと、ヒーリング音楽とかかけてるから寝られるんだけど、ここって山の中でしょ?音が大きいの」
なるほど。落雷があちこちに散ってくれる都会と違って、山には雷を遮るものがあまりない。木々くらいだもんな。もし木に落ちたら、火事は必至だし。
「かくれんぼしていたときに公園の遊具の上に隠れていたんだけど、そばにあった大木に雷が落ちちゃって火事になったの。あやうく、倒れたきの下敷きになりかけて」
やばい。死亡事故スレスレじゃないか。
「大丈夫です。今日は俺がいます」
俺は、寿々花さんの手を握る。恋人のような優しい手付きではない。ギュッと握手に近かった。寿々花さんを励ますためだから、これでいいはず。
「ありがとう、ヒデくん。でも床で寝させるわけには」
寿々花さんも、床で寝始めようとした。
そんなのダメだ。お互い運転の必要もあるし、万全の体調でいてもらわないと。
「そうだ。こうしましょう」
俺は、ソファをベッド脇まで引きずってきた。
「これなら、俺も快適に眠れます。手も握ってあげられるんで、安心して眠ってください」
ソファに横たわって、俺は寿々花さんの手を握る。
「ありがとうっ、ヒデくん」
安心したのか、寿々花さんはそのまま眠りについた。
俺も、寝るとするか。チェックアウトの時間は早い。朝食券もいただいたので、早めに起きる必要もある。
翌朝、俺はスッキリした状態で起きた。
正確には、ムリヤリ起こされて。
「ふぐう!」
寿々花さんが、ベッドから落ちてきたのである。
「ごめんなさいっ、痛かったヒデくん?」
「だ、大丈夫です」
寿々花さんの柔らかい感触で起きられたので、ある意味うれしい。
とはいえ、うかつだった。手を握りながら寝るため、柵を外して寝たのを忘れていたのか。
「渋滞は解消されたって」
「よかったですね! とはいえ、急ぎましょうか」
朝食は、お互いコーンフレークに。朝イチから「この部屋を使いたい」と、車いすの客が来た。なので、サッと食ってパッと出ようと決める。
持って帰るお土産を確認後、出発した。
帰りは、俺が運転する。俺も、何があるかわからない。運転のカンだけは、鈍らせないほうがいいかも。
なんの危なげもなくレンタカーを返し、家に着いた。
「じゃあ、おみやげ渡してくるね」
寿々花さんが、各家々を回る。だが、どの家も応答がない。向かいに住む、管理人夫婦さえいなかった。
「あれ? あ、ポイン来てた」
スマホをチェックした後、寿々花さんはギョッとなる。
「このおうち、私たちしかいない」
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