第11話 後輩と、パラレルインカム

林田はやしだ先輩、どうしたんです?」


 後輩の村井むらいは、茶トラネコを動物専用のカートに乗せる。


「俺は、この人の付き添いだよ。お前こそどうしたんだよ?」

「飼い猫の定期検診ですよ」


 ピオンに入っている動物病院は、日曜日でも診察してくれるという。


「年に一回、こちらで見てもらうんですよ。で、帰りはこちらのペットショップでエサと新しいオモチャを買ってあげるんです」


 ネコを飼っているのは、本当だったんだな。


「ところで先輩、こちらの方は?

「アパートのオーナーさん。ちょっとワケアリでな。付き添いさせてもらってるんだ」

「へえ」

「変な関係じゃねえぞ」

「別に弁解とか、いいんですけど」


 村井は興味なさそうに言う。


「はじめまして。加苅かがり 寿々花といいます」

「|村井 ゆのです。林田先輩には、よく助けてもらっています」


 下の名前は、初めて知ったな。メッセアプリでも、「村井@にゃん」とかだし。


 ストーカー的な被害に遭っていて、外出時は俺に付き添ってもらっていると、寿々花さんは話す。


「加苅さんは、今日はお休みですか?」

「はい。といっても普段は在宅なの。不動産業です」


 漫画家やイラストレーター、動画配信者など、特殊な職業の人あてに物件をチョイスするアドバイザーだそうだ。週に一回会社へ行けばいいだけだという。


「不動産を数件所有していて、そっちもそこそこ利益があって」

「ああ、すごい。『パラレルインカム』だ! 今話題になってますよね?」


 パラレルなんだって?


「ま、そんな感じだよ」


 寿々花さんも、特に聞かれて困っている感じがしない。


「なあ、それって?」

「『FIRE』に代わるんじゃないかって言われている、資産運営法ですよ。『不動産を所有して安定した収入を得て老後に備えよう』って考えです。あたしも、最近知ったんですけどね」


 株の配当金頼みのFIREだと、相場に左右されて収益が不安定になる。また不労所得を配当だけで得ようとすると、元手が一億円必要だ。話を聞くだけでも、現実的ではない。


 そこで、不動産を所有して労働しつつ家賃収入を得ようという発想が生まれた。三〇〇〇万から開始できるので、元手も話ほどかからないそうだ。


「寿々花さん! 今度、詳しくパラレルインカムについて教えてください。あと、ネコちゃんがのんびり暮らせる部屋とかも探しているので、相談に乗ってほしいですっ!」

「はい。頼ってくれてうれしいよ」


 寿々花さんと村井は、メッセアドレスを素早く交換した。


 はへえ、早い。俺なんて二日はかかったのに。


「ところで、コイツの名前はなんていうんだ?」

「このネコちゃんですか?」


 アパートのネコは茶トラだけだが、村井はまだ実家に数匹飼っているらしい。


「聞かないほうが身のためだと」


 釘を差すように村井が言うと、茶トラネコがカートからジャンプした。寿々花さんのFカップにダイブする。


「あっヒデ、ダメ!」


 慌てて村井が、寿々花さんからネコを引き剥がそうとした。


 しかし、寿々花さんの胸が相当に居心地がいいのか、抱っこされたまま動かない。


「よしよし」


 ああ、うらやましいな。ネコとはいえ。


「すいません、この子、女の子大好きで」

「いいよー。おとなしくていい子だね」


 ゴロゴロと言いながら、茶トラネコは寿々花さんの胸で眠る。


 そのスキに、村井が茶トラをカートへ戻す。


「ヒデが、こいつの名前なんだな?」


 村井が口を抑える。


 なんという出会い。


「まさかお前、ネコに俺の名前をつけて虐待を」

「しませんって。被害妄想強すぎでしょ。第一、ネコちゃんにそんな可愛そうなことをする外道は、定期検診になんて来ません」

「だよな。悪かった」

「いいんです」


 言いづらそうに、村井が解説を始める。


「あたし、実は人見知りなんで、ネコちゃんに知り合いの名前をつけて、会話の練習を」


 もっと他にいるだろ。なんで俺なんだ?

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