第9話 カツオのたたきと、シュークリーム

 ゴハンをもらうからには、俺もスイーツを買ってこようかな。


 近くのコンビニまでチャリでひとっ走りして、購入と。これでいいか迷うが、お気に召さなかったらその時だ。別のスーツを買えばいい。


 帰ってきたら、寿々花すずかさんがもうベランダでスタンバイ中だった。


「どうぞ、ヒデくん。カツオのたたきでーす」

「うごおおお」


 カツオがキラッキラに光ってる! 身が分厚くて、いつもの刺し身ではないみたいだ。これが、出来あいを買うか切り身でドンと買うかの違いなんだろう。切って作るとなるとこんな感じになるんだな。


 大根のツマまで、新鮮でおいしそうだ。


「では、いただきます!」


 休みの日でも、変わらず寿々花さんのメシが食える。こんなにうれしいことはない。


「うん、うまい……」


 分厚い身が、アゴを押し返してくる。カイワレや三つ葉、大根のケンと同時にポン酢でいただくと、瑞々しさがさらに増していった。


 海の恵を、ライスで追いかける。


 至福ぅ! だが、これは酒だったか? いや。ライスだな。ライスでも酒でも正解だ。というか、メシに正解なんてないんだと思い知らされる。


「もっとボリュームのあるほうが、男の子ってよかったかな?」


 白米を口に含んだまま、俺は首をブルルッと振った。


「最高です! とんでもない旨さですよ!」


 さらに、メシをかき込む。幸福の時間の中、カツオを丹念に噛みしめる。


 コメとポン酢って正直どうだろうって思ったが、これも正解なんてないんだよな。うまい。


 メシでのカツオは堪能した。酒でもカツオをいただいてみよう。今日は焼酎だ。お湯割りでいただいてみる。今日はいろんな形で、カツオを味わい尽くそう。


「ああ。俺は今、海にいる」


 ポン酢の酸味が、カツオと焼酎と混じって海を再現した。


 もう酔っているのか、すこぶる気持ちがいい。いい酔い方をしているって、自分でもわかるぞ。


 いつもは安酒で、とりあえず量を消費して酔えればいいって飲み方だった。ストレスを解消するだけの、スカッとしない飲み方ばかり。


 今はちょうどいい塩梅で、少量でも十分に気持ちいい。酒の味すら、ちゃんと感じ取ることができた。焼酎とカツオって、絶妙に合うんだな。結婚しそうなレベルだ。


 こんな酔い方もできるって、人生で初めて理解した気がする。


 ちょっとオトナに近づいた気分だぜ。


 楽しすぎる。


 おっと、俺だけが楽しんでも仕方ないんだよ。


 寿々花さんにも、プレゼントしないと。


「どうぞ」


 俺は、コンビニスイーツの包みを寿々花さんに渡す。


「わあ。買ってきてくれたの?」

「今日は、ダブルシューにしてみました」

「うれしい!」


 コンビニスイーツのド定番といえば、ダブルシューだろう。


「いただきまーす。はむ」


 寿々花さんが、シュークリームをかじった。


 口の反対側から、中身がデロっと出てしまう。


「んーっ」とうなりながら、寿々花さんはダブルシューの中身を吸い出す。


「優しい甘さで、すごくおいしいよ」

「気に入っていただけて、なによりです」

「でもいいの? わざわざ買ってきてくれるなんて」


 まあ、割とここからコンビニは遠いが、一時間以上かかるってわけじゃない。


 シュークリームを買うなら、スーパーでもよかった。それでも、コンビニは独特の魅力がある。


「いいんですよ。俺がやりたいからやっているだけで」

「どうして?」

「寿々花さんに、笑顔になってほしくて」

「ヒデくん……ありがとう」


 うっとりとした顔になって、寿々花さんは微笑む。


「私ね、自分でコンビニに行くことも考えたの。いつもヒデくんに悪いなって思って。でも、わたしのために選んでくれてるヒデくんを想像したら、おまかせしたい気持ちもあって」

「それでいいんですよ。寿々花さん」

「明日、楽しみだね。おやすみなさい」

「ごちそうさまでした、寿々花さん」

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