第8話 ラーメンデートは突然に
「どうして、
まるで示し合わせたかのように、寿々花さんは俺の真向かいの席に。さっきまでは、別の席で食べていたのだが。
「明日、ヒデくんと遊ぶときに着ていくお洋服を探しに」
マジか。
「お洋服は見つかったんだけど、お腹が空いちゃって。そしたらヒデくんがいて」
「そうだったんですね」
「ヒデくんは、なにラーメンを頼んだの?」
ほとんど食べ終わっている俺の器を、寿々花さんは覗き込んだ。
「パイタンです」
「わたし、塩トンコツだぁ。そっちもよかったなぁ」
「どれもおいしいですよ」
学生時代に、通い詰めたチェーン店の味である。今でも、忘れない。
「いただきまーす」
いい香りを漂わせながら、寿々花さんがラーメンを食べ始める。
さすがに俺みたくチャーハンもとはいかない。
が、ラーメンはハーフサイズ、半ライスとギョーザつきだ。
俺の方こそ、「そっちにしとけばよかった」と思えるチョイスである。
「ふおお。おいしいねっ。濃いのに、パクパクいけちゃう!」
一口麺をすするたび、寿々花さんは目を輝かせた。そういうおもちゃなのではないかと思えるくらいに、かわいらしい。こっちまで、幸せになってくる。
「ギョーザも……ああ。これ、ウチじゃできないやつだ。こんなにパリッパリに作れたことないよ」
「ニンニク大丈夫ですか?」
この店では、一口ギョーザにニンニクが入っていない。ニラだけで味をつけている。欲しい人は、タレにおろしニンニクを落とすスタイルなのだ。
「ここって、ニンニクで味をつけてないんだってね。でも、入っているみたいにおいしい!」
うれしそうに、寿々花さんはギョーザの皿を空にする。
あれだけニンニクを食ったら、今日は控えようと思ってしまう。そんなときに、ここのギョーザはありがたい。
「シメは、これなんだよね?」
「はい。ガッツリ行きましょう」
寿々花さんは、スープの残った丼の中に半ライスをドボンした。
俺も、食べかけのチャーハンをスープ入り丼にインする。よく混ぜて、いただきます!
「はああ。幸せだね」
うっとりしながら、寿々花さんがため息をつく。
「はい。これぞヤロウの飯って感じですよね」
俺はガツガツと、スープチャーハンを胃袋へ流し込む。
これをやりに来たのだ、俺は。
「楽しかった。ヒデくん、また来ようね」
「ですね。寿々花さんさえよければ、お誘いします」
「ありがとう。今日はこの後、どうしよっか?」
俺は特に、何も用事がない。
「寿々花さんの、ご予定は?」
「日用品は足りてるから、お買い物はいいかな。ブラつくだけだよ」
見たい映画も、今週はないという。
「お腹休めるためにさ、外に行こうか」
「いいですね」
やや肌寒いが、散歩にはちょうどいい気温である。
たまには、外の空気を吸うのもいいだろう。
ピオンの近くにある国立公園へ、一緒に向かった。
少し歩いた後、ベンチで休む。
「日差しが気持ちいいね」
「そうですね。社畜していると、お日さんに当たった気がしませんよ」
「大変だねえ」
しばらく、会話が途切れる。
「あの、ヒデくん」
「はい?」
「ちゃんと、お礼を言っていなかったなって」
下着ドロ撃退の件だろうか。
「いいんですよ。お礼なら、いつも夕飯でしていただいているので」
「違うの。面と向かってお話する機会ってなかったなって」
ピオンに誘ってくれたのは、その話だったのかもしれないな。
「ボクの方こそ、いつもおいしい料理を作っていただいて、感謝しかありません。こんな俺に、よくしてくださって」
「ううん。ヒデくんはいい人だよ。いつもありがとう」
「いつも、ですか」
「お話相手になってくれてるじゃん。下の階にいるご家族ともお話はするんだけど、お子さんがいるから遠慮しちゃって」
たしかに。
「だから、会話してくれる人がいるって、わたしくらいの歳だとありがたいんだよね」
話し相手がいない。ということは……フリーなのか? そう思っていいんだよな?
待て待て。いくら独り身とはいえ、俺とくっついてくれるなんて思ってはならない。
そこは冷静になろうぜ、俺ぇ。
「ヒデくんって、交際している人はいますか?」
「いませんよ。断じて」
条件反射で、即答した。
「好きな人は、いる?」
「あ、う」
さすがに、その質問は言葉に詰まる。
「わかった。変なこと聞いてごめんね」
「いえいえ! 今日はありがとうございます」
俺が頭を下げると、寿々花さんは立ち上がった。一緒に家へと向かう。
「明日、楽しみにしてるね」
「はい。ボクもです」
部屋に戻ろうとした寿々花さんが、はっと振り返った。
「今晩は、何が食べたい?」
今日も、夕飯を作ってくれるのか。うれしい。
「そうですね」
昼が重めのラーメンだったから、なににしよう?
「今、美味しいお魚ってなんです?」
「カツオだね」
「あ、カツオのたたき!」
「じゃあ、それにするね。ポン酢とおしょうゆどっちが好き?」
「しょ……ポン酢で!」
もともとはしょうゆでカツオを食うんだが、いつもと違う食べ方にしよう。
俺がポン酢と答えたあとの寿々花さん、なんかうれしそうだったし。
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