第6話 フルーツ牛乳プリン
「今日は金曜日で、ヒデくんもお休みかなって思って、作ってみました。もしかして、ダメだったか?」
「とんでもない。いただきます!」
ひとまず酒だ。ハイボールを開けさせてもらう。
「これで、割ってみる?」
ぶどうジュースを、寿々花さんが差し出してきた。
「いいんですか? いただいても」
「いいよー。いつもお疲れ様」
トクトクと、俺のグラスにジュースを注いでいく。
俺はそれを、ハイボールで割る。無糖タイプだから、きっと合うだろう。
「では先に、酒をいただきます」
あああ、うめえ。信じられないくらいうまい。
ジュースで割っただけで、ジャンク感が増してきた。これは、アヒージョとも相性はいいぜ。
「いただきます。あむう」
近づいてきたパンを口の中へ。
「これ、うっま! うっ……まっ!」
カタコトの日本語で、味を表現する。
何も言葉が出ない。
オリーブオイルと刻んだ鷹の爪で、味付けしただけ。なのに、ニンニクやら野菜類の味が染み渡っている。身体もポカポカしてきた。これがニンニクのパワーか。
で、ハイボールで割ったジュースを。
「あーっ」
思わず、カラスのような鳴き声を出してしまった。あまりのうまさに、声の調節がうまくいかない。
ニンニクの塊もいただく。
くあああ。疲れが吹っ飛んだ。
プラセボ効果だったとしても、構うもんか。
俺は身体が熱くなってきた。その事実こそが大事なんだ。
他の具材も凶悪すぎる。いつもはキツいニンニクの香りも、今この瞬間だけは噛み締めていたい。
「オススメは、アサリだよ」
「いただきます。あっく。おおふ」
あー。これは酒が進んでしまうやつだろ。アサリ、染み渡りすぎだ。
「すいません、ジュースをもう一杯!」
マジでやばい。これは酒が止まらなくなるやつである。
「アサリたくさん食べてねー」
「はい」
これは、人をダメにするヤツだ。
「ゴチでした。ありがとうございます。お礼のデザートです」
「わあああー。過去イチで一番うれしいやつかも! ありがとーっ!」
俺が用意したのは、昔懐かしいフルーツ牛乳プリンだ。俺の分も合わせて、二つ買ってきた。
「ヒデくん、あーんさせて」
「え、いいんです?」
寿々花さんからリクエストされた。
「なんかね。手がニンニク臭いの」
あれだけ調理していたら、そうだろう。
「明日は人に会えないね」
えへへと、寿々花さんが笑った。
自分の分をスプーンですくって、差し出す。
「あーん。うーん! これは懐かしい味! でもちゃんとプリンになってる」
「コーヒー牛乳味とどっちにしようか悩んだんですけど、デザートならこっちかなって」
「だね! また今度にしよ」
「はい」
お楽しみが、増えた。
「そうだ。あさってもお休みだよね? 予定はある?」
「ない、ですね」
寂しい週末である。どこへ行く予定もない。ぜいぜい、サブスクのマイリストに溜まっている映画を見るくらいだろう。
「どっか行かない? つっても、行き先はピオンなんだけど」
「俺でいいんですか?」
「ヒデくんがいいな」
「わかりました。朝から暇なんで、呼んでください」
やったぜ。
あさって、寿々花さんとデートできる!
荷物持ちでも、なんでもやらせていただきます!
休日、俺はゴミを捨てに行く。
フロントの喫煙コーナーで、金髪ショートカットのヤンママが電子タバコを吸っている。二歳くらいの少年と、手をつなぎながら。
「おはよう、林田くん」
ショートカットの主婦がこちらに気づいた。息子さんも「あーまーす」と返事をしてくる。
「あっ、
下の階の奥さんと、鉢合わせになった。
昨日の今日なので、さりげなく距離を置く。
ニンニクの口臭が、相手にかからないようにするために。
「ご主人は?」
「娘のオムツ替えてる」
この人、夜は激しいんだよなぁ。寝ていても、うっすらと床の下からアレの声が聞こえてきてしまう。特に昨日はすっごい……。
「なんか最近、
松川さんが、鼻から煙を出す。お子さんを連れていなければ、誰も彼女を主婦だとは思わない。
ピンクのTシャツから、黒いブラ紐が覗いていた。
線が細くて胸も薄いのに、この色気はすごいな。三〇後半だというのに。いや、このエロスは三〇後半だから出せるのだろう。
「別に仲が良くは……」
イカンイカン。意識してはいけない。
「そ、そういえば、加苅さんって、最近引っ越しきたんですよね?」
「どうしたの? やっぱり気になるの?」
ニタニタしながら、松川さんは問いかけてきた。
「じゃなくて。ずっとおうちにいらっしゃるようなので、気になって」
激安スーパーを利用しているから、儲かっていないのではとも思った。その割には、使うべきところでは使うし。正直言って、寿々花さんの金銭感覚はナゾが多い。
「何をしている人だとか、わかります?」
「ここのオーナーだよ」
先日近所同士のお花見があったらしく、そこで話したという。ていうか、お花見するくらいの仲なんだ。
「ていうかあの人、実家が不動産業なんだって。あの人自身も、この辺の不動産を何件か持っているらしいよ」
「おっふ……」
お隣さんは、管理人さんよりエラい人でした。
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