第2話 プレミアムロールケーキ
「どうしたの? 早く食べちゃって。腕がつりそうなの」
イカン。寿々花さんに、困った顔をさせてしまった。
「すいません。いただきます。あーん」
お箸を口で追いかけ、キャッチする。
「うまい! ずっとラーメン続きだったのでありがたいです」
寿々花さんの焼いた鮭は、程よく崩れて口の中で溶けていった。
焼き鮭が溶けるって表現もおかしいかも知れないが、そうとしか形容できないのだ。
それくらい、優しい味なのである。
この適度な塩加減であれば、俺も皮を残さない人生だったろう。
「ラーメンおいしいけれどねぇ。お腹に残らないよねぇ」
「はい。ごちそうさまでした」
次は、こちらの番だ。何をあげれば。ラーメンは食べきってしまったし、たとえ残っていたとしても、口に合うかどうか。
「お酒は、飲まれないんですね?」
「うん。下戸なのー」
酒を飲むタイプなら、何もあげられないところだった。
「そのケーキいいですね。コンビニのヤツですよね?」
寿々花さんは、ロールケーキが気になる様子だ。
「食べたことないですか?」
寿々花さんは首を振る。
「私、コンビニ行かないの。駅に用事がないから」
この近くだと、コンビニは駅前にしかない。遠くにあるせいで、自転車がないと行く気を削がれる。
「お買いものも、反対側の複合施設で済ませちゃうの」
「ピオンですか。あそこ、映画も見られますもんね」
駅の反対側にある、大きめのデパートだ。けれど、セレブ向けの商品ばかりでお高い。
「そうなの。そこでジンジャーエール飲みながら、映画を見るのが趣味なの!」
人に飢えているのか、寿々花さんはキラキラと瞳を輝かせて話す。
「映画は何が好きですか?」
「なんでも見るよ。最近だとドキュメンタリーとか、史実系が多いかな?」
フィクションより意外性があって、予想できないから面白いらしい。あんまり深刻で、辛気くさい映画は見ないという。
「ヒデくんは、映画見る人?」
「アニメの劇場版ばかりです」
「それもいいよね! アニメのサイレンス映画とか見たけれど、泣けちゃった」
あの映画か。話題になっていたので見てみたが、たしかに考えさせられた。
「その映画のコラボスイーツが、これですね」
花火をどこから見たらキレイか、理系カップルが科学的に分析する、シュールな映画である。
「あーおいしそう。ロールケーキだったら、そこでも売ってるんだけどね。なんか違うの」
「わかります。コンビニの方が、攻めている味ですね」
「そうそう」
寿々花さんさんは、俺の顔とロールケーキを交互に見る。
「一口どうですか?」
「え、いいの?」
とまどいつつも、寿々花さんの視線はロールケーキに固定されていた。
「俺はいつでも買いに行けるので。どうぞ」
こんな美人と話せたのだ。それだけで、腹も満たされる。
「ありがとー」
寿々花さんの顔が、パアッと明るくなった。
「では、どうぞ」
ややクリーム多めに、俺はロールケーキをすくう。
「いきますよ」
ベランダから身をのりだして、寿々花さんの口へ。
「うん。あーん」
ほおおおおおおお! 寿々花さんが目を閉じて、ロールケーキを要求してきたぞ。
「ぱく」
寿々花さんが口を閉じた。
「おいひい。家で作るお菓子とは、また違った趣があるね」
クリームを舌で転がしながら、寿々花さんは満足げな顔をする。
俺はうれしくなって、もう一口あげた。
「うーん」と、寿々花さんの顔がほころぶ。
気がついたら、ロールケーキをすべてあげていた。
「あっ、ごめんなさい。ヒデくんの分が」
「いいんですよ。俺があげたかったんで」
「そっか。じゃあ今度、クッキー焼いてあげる!」
「ありがとうございます」
こんなにうまい料理を作れるんだ。お菓子だって、きっとおいしいはずである。
「はあー。やっとごあいさつできました。引っ越して以降、いつうかがってもお留守だったので。お話しできてよかったぁ」
言いながら、寿々花さんは背伸びをした。
「またさ、お話ししようよ」
「ありがとうございます。でも俺」
うれしい反面、俺は素直に喜べない。
「どうしたの? ひょっとして、カノジョさんが」
「いません。今までもできませんでした」
いわゆる、彼女いない歴=年齢である。
「わたしと同じだなー」
「そうなんですか?」
「小学校から大学まで、ぜーんぶ女子校」
それは大変だ。
「時間がないのは、何か事情がありそうだね?」
「……帰るのが、不定期なんです」
俺は、自分の事情を話した。
「ウチの会社、大企業なのに少数で回していて、人がいないんですよ。仕事が多いから、ホントはこっちに人を回してくれた方が効率もいいんです。しかし、上は分かってなくて」
仕事はワンオペに近く、人の倍は仕事をこなさなければならない。
「ゴハンを作る余裕、なさそうだね?」
「そうなんです。帰りだって、本当はもっと早かったんですよ。けれど、帰る間際になって残業を言い渡されて」
毎回スーパーが閉まる時間に帰るので、メシなんて作れないのが実情だ。せっかく、カット野菜や時短料理というのがあるのも覚えたのに。
「辛いね」
ベランダにもたれながら、寿々花さんが俺に微笑みかけてきた。
「じゃあ、明日はちゃんと作っておくね」
「え、明日って」
「明日ね、ヒデくんの分もゴハン作っておくから」
このおいしいゴハンが、また食べられる。
「マジですか?」
「うん。当然、イヤじゃなかったらだけれど」
「イヤだなんてそんな! もし作ってくださるんでしたら、ぜひいただきたいです」
「ありがとう。一緒に食べてくれる人がいるってうれしいな」
コロコロと、カワイイ笑顔を向けてきた。
こちらが癒やされる。
「またこうして、ベランダでお外を見ながらゴハンしてくれるかな?」
「はい、喜んで!」
では、と俺は続けた。
「俺、できるだけ早く帰れるようにします! 会社に迷惑を掛けない程度に残業も断って」
「ありがとう。楽しみにしていてね」
「はい!」
寿々花さんは、食器を片付け始める。
「話し相手になってくれて、ありがとう。在宅ワークだから、友だちがいなくて」
「こちらこそ、お世話になります!」
「おやすみなさい」
「はい。おやすみなさい」
俺も片付けを済ませて、床につく。
しかし、あの美人さんとまた食事ができると思うと、眠れなかった。
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