社畜は助けた隣のお姉さんに、ベランダで餌付けされる
椎名富比路@ツクールゲーム原案コン大賞
第一章 社畜とお姉さんの、ベランダデート
第1話 桜と鮭とカップ麺
また今日も、三時間残業だった。
いったい、いつまでこんな日々が続くのだろう。
もう、立ち上がることだってできない。玄関で寝よう。
「きゃあああああ!」
女性の悲鳴で、俺の意識が覚醒した。
声の発生元は、右隣の部屋だ。ベランダから? お隣さんだ。たしか、お留守だったような。
くそ、郊外で治安がいい場所を選んだのに!
お隣でヤバイことが起きたのなら、ウチも危ないかもしれない。
チャイムを鳴らしても、開けられる状態じゃないだろう。
ベランダから失礼する。
なにか、武器は。これでいい。布団たたきしかないが、ないよりはマシだろう。
いくら悪党でも刃物を持ち出したら、こっちが悪者にされかねない。お隣さんを怖がらせる危険もある。
ベランダから、外に出る。
上下黒い服を着た中年男が、お隣さんの下着を掴んでいた。
女性が、ベランダの隅でへたり込んでいる。
「おおおお!」
怖い。だが、やるしかないだろ。
いっけー
「てんめえええええええ!」
俺はベランダから、お隣の部屋に乗り込んだ。布団たたきを、男の顔面めがけてスイングした。
悪漢は、ベランダから下へ落下していく。
「だだ、大丈夫ですか!?」
怯えている女性は、コクコクとうなずくばかり。
「人を呼びますんで!」
俺は、ポケットからスマホを取り出す。
その後、警察が呼ばれて男は逮捕された。
俺も事情を聞かれたが、お隣さんが便宜をはかってくれてお咎めなし。
女性はケガもなく、ただただ俺にペコペコと謝り通しだった。
「いいんです。無事ならそれで」
こうして俺とお隣さんの関係は、終わると思っていたのだが……。
後日、俺は仕事でヘトヘトになりながらどうにか靴を脱ぐ。
動画視聴用にスマホを、ベランダに設置したテーブルにセットする。
今日も三時間残業かぁ。帰るのが遅くなっちゃったな。
社会人になりたての頃は「自炊するぞ」って息巻いていたけど、スーパーが閉まる時間にしか帰れないとは。今では、駅前のコンビニにある惣菜や冷食のお世話になりっぱなしだ。割高だが、俺にはピッタリの料理である。
「できたかなー? おっ、イイ感じ」
ベランダのテーブルの上にカップ麺を置き、俺は麺をほぐす。
今日のラーメンは、行列ができるラーメンを再現したカップ麺である。腹に溜まらないから、スイーツもいただく。プレミアムロールケーキだ。
「ああー、うまい」
俺の日課は、アパートの二階で飯を食うこと。山の上に建っているため、景色がいいのだ。何よりとっておきは……。
「おーきれいだ」
川沿い一面に咲いた桜を見ると、傷ついた心が癒やされていく。このアパートを選んでよかったなぁ。
「チクショーなんだってんだ!」
ラーメンをすすりながら、俺はベランダから外に向かって叫ぶ。
終業一分前に残業頼むとか、不意打ちすぎるだろ! おかげで今日も、二〇時に帰宅ですよ。
最近は食事が、カップ麺ばかりになってきた。
スーパーも閉まってる時間で、料理を作る暇さえない。軽くコンビニ惣菜か弁当を買って、風呂入って終わりだ。たまにぜいたくな味が欲しくて、上等なカップ麺とか買っちゃう。こんな日々が、もう三年も続いている。
酒も飲むが、ストゼロ系はやめた。適度に酔えるのは素晴らしいが、次の日がキツイ。俺には合わなかったようだ。なのでビールで。
「くうううう!」
泡の一粒一粒が、身体に染み渡ってくる!
「おいしそうですねぇ」
隣のベランダから、優しい声が聞こえてきた。
柵に腕を置いて、女性がこちらを見ている。俺より年上らしき雰囲気だ。長い黒髪、フリース地のワンピースにレギンスという、おやすみ前の格好である。
ふわっとした洋服でもわかるくらい、胸がふくよかだ。
管理人さんかな、と一瞬思った。しかし、管理人は老夫婦だったはず。しかも、向かいの一軒家に居を構えている。
以前から思っていたが、ここって人が住んでたっけ?
「こんなところから、ごめんなさい。二〇八号室の
いきなり下の名前で呼べなんて、変わった人だな?
「二〇七号の
「寿々花」
あくまでも、加苅さんは下の名前で呼ぶように強調してきた。
「……寿々花さんは、最近越してきましたか?」
「はい。三日前に。苗字では呼ばないで。ちょっとワケありなの」
ウインクしながら、寿々花さんは手を合わせる。
「確かに、表札が掛かってませんでしたね」
隣は、ずっと空き家だったはずだ。郵便受けにも名前がなかったから、てっきり誰もいないんだと思っていた。
「じゃあ、俺も下で呼んでくれても」
「はい。よろしくねヒデくん」
すごい距離がグッと近づいた気がするぞ。
「すいません、先日は」
下着ドロの件かな?
「気にしないでいいです。身体がとっさに動いただけで」
泥棒を突き落としただけだしな。
「おやすみなさる最中だったんじゃ?」
「平気ですよ。ここ、ほとんど誰も住んでないから」
この二階建てアパートは、階数ごとに部屋が六つある。
不便な立地のためか、人が余り寄りつかない。その分、静かでいいところだが。
俺は都会の喧噪がしんどくて、わざわざ会社から遠目の場所を借りた。安い家賃も魅力ではある。なにより、静かなのがいい。
「寿々花さんも、お夕飯ですか?」
俺と同じように、寿々花さんのベランダにもテーブルが。
「外で食べるのが、好きなの。在宅ワークだから、お外が恋しいんですよね」
お椀の中身は、ほとんど食べ終わっている。鮭の切り身なんて、久しぶりだな。弁当屋でしか見たことないや。家でやろうとするとグリルが必要だし、フライパンだと硬くなる。
「引っ越しそばとはいかないけれど……ごはん食べる? 先日のお礼も兼ねて」
「そこの食事をいただけるんですか?」
俺が聞くと、寿々花さんは「うん」とうなずく。
まだ、テーブルには鮭が残っていた。肉じゃがやライスも多少あった。
「お腹空いてて、作りすぎちゃって。食べてくれる相手も欲しかったから」
「いただきます!」
「はーい。あっ。お味噌汁はゴメンねー」
味噌汁だけは、インスタントらしい。一人分を作るのは、豆腐が傷むし手間だという。
「えっとね。お箸が使ったヤツだから」
「俺のを……ああ」
しまった。手をバタバタさせたせいで、ラーメンのスープが垂れてしまっていた。こんなものを触らせるわけにはいかない。
「割り箸持ってきますね」
一旦奥へと引っ込んでいき、割り箸を持って寿々花さんは戻ってきた。
「すいません。おすそ分けばかりかお手間まで取らせて」
「いいよー。ヒデくんはさ、鮭皮を食べる人?」
鮭の身を割り箸でほぐして、寿々花さんが俺に問いかける。
「食べない人です。弁当屋のは、ウロコが気にならないので食べますけど」
家の鮭が塩辛すぎて、いつも残していた。その名残で、今も鮭の皮は食べない。
「じゃあ、皮だけ明日のお昼にしよっと。お茶漬けがおいしいんだよぉ」
ベランダから、白い腕が伸びてきた。
「はいどうぞ。あーん」
ふおおおおおおおお!? ベランダ越しの「あーん」とか! こんなカワイイお姉さんからしていただけるなんて!
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