謎の答え その②

 夜。


 水草の中にまぎれて、じっと息を殺している一人の男がいた。

 このあたりには街灯がいとうが少なく、ひと気もない。仕事を終えたばかりのその男はいそいで目的地にかけつけた。見逃みのがさないために。これがこの男のささやかなたのしみであり――けっして露見ろけんしてはならない背徳はいとくの時間だった。

 そのとき。

 男の目が人影をとらえた。岸に浮かぶ箱のようなものに向かって近づいていく子どもの影。そして……暗闇の中で音がたった。ズルリ――とぬめりに足を取られ、大きなものが池に入りこむ音が!

 男は双眼鏡そうがんきょうで池を注視ちゅうしする。水しぶきがあがっていた。ばたばたばた……と、もがく音はやがて小さくなり――消えた。

 池に静けさがもどると、男は興奮こうふんの息をもらした。


「どうして通報つうほうしないんですか、先生」

 そんなたのしみをきりさくように――怜悧れいりな少年の声が男の背後からひびいた。

「子どもがおぼれているというのに、ね」

 水草をかき分けて出てきたのは――四十万しじま なぎだった。

「お前は……どうして」

「夜を指定したのは助けがこないのを期待したのと――先生が仕事をしている昼間に来られると困るからですね」


 なぎちゃんは鮎村あゆむらさんにニセの答えを教えていた。

 彼女が知らないうちに犯罪のターゲットになっていたことに気づかれないように。


「ヒントは五十音表にありました。五十音表のわ行には二種類があります。『わいうえをん』とするものと『わをん』とするものです。わざわざ五十音表を付けたのは間違いをおこさないため。なぜならのですから。

「数字は引き算ではなく表の上での座標ざひょうを示していた。最初の数字が横じく、次の数字が縦じくとなる。たとえば「1-1」なら「あ」となるし、「2-5」なら「こ」となるわけです。そのように換字かんじ式暗号を変換へんかんすると、答えは以下の通り」


・問題

 お宝は み た ま い け を み ろ

 かならず よ る にいくこと


「夜にここに来るように指示した答えを見たとき、私には犯人の狙いがわかりました。みたま池のような釣りの名所となるめ池では、子どもの水難すいなん事故が起きやすい。安全に見えても足をすべらせてしまうと再上陸さいじょうりくむずかしくなるためです」

 いつもなら鮎村あゆむらさんもこんなところに来たりはしないだろう。しかし。そう、すべては図工の木森こもり先生のたくらみであり、無名クラブはそのための道具だった。鮎村あゆむらさんが準備室でシールを見つけたのも先生の仕込みだったのである。


 先生の悪意はたしかめることができた。

 なぎちゃんが買ってもらったばかりだという操縦そうじゅうときも先生は助けるそぶりを見せなかった。


 先生はあえぐようにして声をしぼり出す。

「なんの根拠こんきょがあっていうんだ……」

「たしかに先生の犯罪を証明することは困難こんなんです。匿名とくめいのオープンチャットを利用していたのも、いざとなれば痕跡こんせきを簡単に消せるからでしょう。それでも……」

 

「あなたはたった今、おぼれ死ぬ子どもを見捨みすてた。これからあなたは何もなかったかのように学校にもどるつもりかもしれませんが――。私の友人をきずつけようとしたあなたから、絶対ぜったいに目をはなすことはない」

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