無名クラブへようこそ

 放課後――明けのかみ駅近くのフードコートにて。

「だから私じゃないってばぁ」

 鮎村あゆむらさんはバツが悪そうにクリームソーダに口をつけた。なぎちゃんは腕をくんでいる。ぼくは二人のあいだでなりゆきを見守っていた。


 昨日のこと――音楽室の絵の順番がいれかえられていることに気づいたなぎちゃんは、放課後に音楽室の前で張りこんでいた。そこで鮎村あゆむらさんが忍びこもうとしているのをつかまえたらしい。

「つまり絵をいれかえたのは君ではなかったと」

「そうよ。てっきり私はなぎちゃんに先をこされたのかと思ったわ。だって無名クラブはたがいの正体を知らないのだもの」

 ぼくは口をはさむ。

「無名クラブってなんなのさ」

「知らないの? この十三小にある、ひみつの謎ときクラブよ」


 鮎村あゆむらさんの話によると――話は一か月ほど前にさかのぼる。

 彼女は図工の木森こもり先生にいわれて準備室に道具をとりにいった。そのときたなの中にシールがはってあったのに気づいた。そこには二次元コードがあり――スマートフォンのカメラで読みとってみると、匿名とくめいのオープンチャットである無名クラブへの招待状しょうたいじょうとなっていたのだった。


「無名クラブではメンバーによって謎ときが出題されるの」

「問題をとくことで特定の場所が示され、そこでなにかをすることでクリアとなるのだね」

 なぎちゃんの言葉を聞いて、ぼくにも思いあたることがあった。じゃあ二宮金次郎像をコワしてしまったというのは――。

「あれは失敗だったわ……。本を動かす、ということまではわかっていたのだけれど」

 ぼくはたしなめた。

「遊びだからって迷惑めいわくをかけちゃダメだよ」

「ゲームというものは、それ自体があるしゅ危険性きけんせいをひめているものだ。たとえばフロー体験たいけんとよばれる心理効果がある――ゲームを始めとしたさまざまな体験たいけんはときに強烈きょうれつ没入感ぼつにゅうかんをうみだす。そういったゾーンに入った人間は、ふだんでは考えられないようなことをしてしまうものなのだよ」

 そう語るなぎちゃんは、なにかを考え始めているようだった。


「音楽室の絵はなにかの答えという検討けんとうはついていた。いれかえられていた音楽家の名前は左からクヴァンツ、エルガー、ドビュッシー……かしら文字をとるとQEDとなるわけだ」

「ああっ! それが答えだったのね」

「ちょっと待った。QEDってなに」

「Q.E.D――証明終了を意味するラテン語の省略だよ。数学などにつかわれる用語であり、探偵の決まり文句もんくでもある。ミステリ好きの鮎村あゆむらくんなら、気づければとけただろうね」

 言われてみると有名なミステリ漫画にそういうのがあった気もする。

 鮎村あゆむらさんはスマートフォンを取り出した。

「ちょうどいいわ。無名クラブの次の問題が出題されているから、三人で力をあわせてといてみましょうよ」

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