追放劇からはじまる実は最強の元奴隷娘と勘違い子爵の物語

藍条森也

追放劇からはじまる実は最強の元奴隷娘と勘違い子爵の物語

 「本日ただいまをもって、お前を我がパーティー一行から追放する!」

 あっ、そうですか。いえ、それは別にいいんですけどね、子爵さま?

 「これも貴族の義務と思えばこそ、身寄りもなければ行く当てもない、そもそも記憶すらない奴隷娘に過ぎなかったお前を保護し、新しい名前を与え、平民としての立場も買い取ってやった。何の能もない奴隷娘のお前を我がパーティーの雑用係としておいてもやった。だが、いまの私はかつての駆け出しの冒険者ではない。国でも有数のAランク冒険者だ。その私のパーティーにお前のごとき賤しき身分のものはふさわしくない。さらに……」

 いえ、そんなにくどくどと仰らなくても、出て行けと言うなら出て行きますけどね。でも、子爵さま? あなた、あたし抜きでやって行けるんですか?

△    ▽

 あたしが身寄りもなければ、行く当てもない奴隷娘だったと言うのは本当だ。ただし、普通の奴隷じゃない。暗殺者ギルドの奴隷だったのだ。それも、大陸でも最強最大の暗殺者ギルドの。

 そのギルドを脱出し、続々と送り込まれてくる刺客をすべて返り討ちにして、この国までやってきた。つまり、あたしってば実は大陸最強の暗殺者。戦闘評価は驚きのAAA超え。

 もちろん、そんな素性を明かすわけには行かない。だからこそ、記憶をなくした、ただの奴隷娘として振る舞ってきた。そして、冒険者に成り立てだった子爵さまに取り入った。その頃の子爵さまはそれなりに優しくて、面倒見のいい人だった。冒険者になったのだって『貴族として人々の暮らしを守らなければならない』という使命感から。

 子爵さまはあたしに同情して色々と世話してくれた。自分のお屋敷に住まわせてくれたし、新しい名前もくれた。平民としての立場も手に入れてくれた。おかげで、あたしは生まれてはじめて、裏世界から抜け出し、平穏な生活を営めるようになった。子爵さまがあたしの恩人なのは間違いない。

 それからは子爵さまについて冒険の日々。素性を知られるわけにはいかないので、あくまでもただの娘として雑用係に徹していた。もちろん、その裏では、子爵さまのランクアップのために暗躍していた。暗黒社会の連中を締め上げて協力させたり、討伐対象の魔物を事前に弱らせておいたり、ね。

 自分の居場所を手に入れるためと、ちょっとした恩返しのつもりだった。でも、ちょっとやり過ぎちゃったかも。あまりにとんとん拍子にランクアップしたものだから子爵さまってば、すっかり勘違いして調子に乗っちゃって。

 どんどん傲慢になっていっちゃった。

 もともとはけっこういい人だったし、冒険者としての適正がないわけでもない。堅実に励んでいれば一流とまでは行かないまでも、中堅どころの冒険者として着実に成果をあげることができただろう。でも、あたしの暗躍のせいで不相応の立場を手に入れちゃって……。

 もちろん、いまの子爵さまにAランク用の任務をこなす実力なんてないわけだし、それは、他のパーティーメンバーも同じ。今後はけっこうヤバいことになるかも……。

 一応、恩人だからって、ちょっと過保護にしすぎたかも。心配……。

 「まっ、いいか。恩はもう充分に返したし、追放してきたのは向こうだものね。これからはあたしの好きにさせてもらうわ」

△    ▽

 あたしは冒険者ギルトの指導教官の地位に就いた。冒険者見習いたちに一定期間、同行し、指導・監督して正規の冒険者にするのが仕事。おかげで、毎日まいにち冒険者見習いのうぶでかわいい男の子たちに囲まれて、後腐れなしにとっかえひっかえやりたい放題。わざと危険な目に遭わせて男の子同士のイチャイチャを見物したり、看病と称していただいちゃったり……。

 ああ、幸せ。

 人生の喜び、これに尽きる!

 暗殺者ギルドを脱走した甲斐があったわあ。

 あ、もちろん、最後には全員ちゃんと昇格させて、正規の冒険者にしてあげるんだけどね。

 ところで、子爵さまはと言うと散々みたい。任務は失敗つづきで評価はガタ落ち。ま、当たり前よね。だってもともとCランク程度の実力しかないんだもの。あたし抜きでAランクの仕事なんてこなせるはずない。そのせいでパーティーメンバーからは信頼を失い、離脱される。婚約者には捨てられる。挙げ句の果てに実家である侯爵家から勘当されて爵位も剥奪されちゃうし。要するに、図に乗りすぎたのよね。自業自得ね。

 ……あ、でも、図に乗せちゃったのはあたしだっけ。ちょっと、責任、感じるかも。

 ま、いいか。もう、あたしには何の関係もない人だもの。あたしはこれからもこの人生を満喫するわ!

△    ▽

 「頼む、戻ってきてくれ!」

 子爵さま(あ、もう爵位を剥奪されてるから元子爵さんね)は、頭を地面にすりつけるようにしてあたしに言った。

 「君がいなくなってから何ひとつうまく行かないんだ! 考えてみれば、ただの駆け出し冒険者だった僕がとんとん拍子にランクアップできるようになったのも、君がパーティーに参加してからだ。きっと、君こそが僕の幸運の女神だったにちがいない。頼む。何でもするから僕の元に戻ってくれ!」

 あらあら、そんなに必死になっちゃって。ようやく、あたしの存在の重要さに気がついたんですね。そのことに気がついて、こうして謝りに来たのは立派だとも言えるけど……『もう遅い』って言葉、知ってます?

 あたしはにっこり微笑んで言ってあげた。

 「もちろん、お断りです。元子爵さん」

△    ▽

 そして、あたしは今日も冒険者ギルドの指導教官として、冒険者見習いの男の子たちに囲まれて楽しい日々を過ごしている。

 ああ、人生って楽しい!

                   終

 

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