5.未練たらたら同盟を組もう

 翌日、偶然和馬と美空が二人でいるところに出くわしてしまった。

 普段なら気にせず顔を出せるのに、親密そうな雰囲気に思わず隠れてしまう。


「――でさ、母さんが美空に遊びに来いって」

「あ、ほんと? もちろん行く行く」


(二人は家族公認の仲なの?)


 楽しそうで、いつもより無邪気に見える美空に、和花は胸の奥が切り裂かれたように痛くなる。

 和馬も少し大人っぽくて、二人はとても似合いに見えた。


「あ、そうだ。これ」

 そう言って何でもないように、和馬が小さいものを美空に差し出す。

「わあ、可愛い指輪。ありがとう和馬! 大好き」

「はいはい、知ってる」


 目の前にすっと薄闇が落ちる。

 陰に隠れたまま、ずるずると座り込んだ和花は、小さく乾いた笑いを漏らした。


(なんだ、そうだったんだ)


 恋を自覚したとたん失恋するなら、こんな気持ち知りたくなかった。


   ◆


「へえ。美空ちゃん部長の指輪、和馬が作ったの?」

「はい。美空先輩、手作りのシルバーリングだって言ってたから」

 ――必然的に作ったのは和馬だろう。

 帰りの電車で、右手にはめた指輪を嬉しそうに見せてくれた美空が、そう教えてくれた。


 腑に落ちないような虎太郎の様子に、和花は氷だけになったコップを傾ける。虎太郎もカップを傾けて、考えるように目を上に向けると、「でもさ」と言った。


「いいんじゃない。和花の気持ちはそのままで」

「いいんでしょうか」

「うん。だってさ、そう簡単にスイッチ切るみたいなこと無理でしょ」

 どこか痛そうな虎太郎の目に和花が目を丸くすると、彼はきまり悪そうに笑った。

「俺もね、ずっと好きな人がいるんだ。告白してフラれたけど、やっぱり好きなのよ」

「そう、なんですね」


 こんなモテモテの王子様みたいな人でも、片思いをするのか――。


 唖然とする和花に、虎太郎は元気づけるようにニカッと大きく笑う。

「一度自分の気持ちを伝えてみたら?」

「でも」

「和花さぁ、区切りをつけたいって思って俺に話したんじゃない?」

(ああ、たしかにそうかもしれない)


 ストンと納得した和花に、虎太郎は「フラれたら骨は拾ってやる」と言って、頭をガシガシと撫でてきた。


「せ、せんぱい」

「んで、俺と未練たらたら同盟を組もう」

「たらたらって……」


 思わずツボに入る。

 いいかもしれないと思った。スパッとフラれて、虎太郎先輩と「だめだねぇ」なんて笑って泣いて、それもありかもしれない。


 そう思って頷こうとしたとき、後ろからガシッと肩をつかまれてびっくりした。


「見つけた! 敦賀先輩、買い物じゃなかったんですか。ていうか、なんで三原さんの頭撫でてるんすか」

「え、和馬君? どうしたの?」


 汗だくで息を切らしてる和馬に和花がポカンとすると、彼はハッとして和花から手を離した。


「あ、いや、荷物持ち手伝おうと思ったのに見つからなかったから」

 スマホも財布もうっかり忘れたしとぼやく和馬に、虎太郎が吹き出す。


「飯も食って来るって言っただろ。和馬、どんだけ慌ててたんだよ」

「別に慌ててませんから。――えっと、なんか邪魔したみたいで、その」


 和馬は急に恥ずかしくなったのか目を泳がせる。勢いをなくした彼がこのまま帰りそうな気配に、まだ肩を揺らしていた虎太郎が和馬を止めた。


「このあと買い物する予定だったんだけど、お兄さんは腹いっぱいで眠くなったから先帰るわ」

「え、虎太郎先輩?」

「これ買うもののメモと、こっちの封筒が金ね。あとは一年に任せるのでよろしく」


 さっさと立ち去ろうとする虎太郎は、和花に口だけで

「ど う め い」

 と言ってウインクして行ってしまった。


(の、悩殺ウインク)


 何故か全然違う場所から、虎太郎を見て黄色い悲鳴が上がるのが聞こえる。

 あんなにかっこいい人でさえ失恋するのかと不思議な感じがした。でも同時に、すごく勇気づけられた。


 ちらりと和馬を見ると、仕事を押し付けられて不機嫌そうになっているので、とりなすつもりで笑いかける。


「和馬君もご飯食べる? それとも買い物しちゃう?」

(告白しても態度を変えないでいてくれると嬉しいな)


「弁当持ってきてるから戻ってから食べる。えっと――三原さんさぁ、敦賀先輩と……。いや、なんでもない」


 なぜか言葉を濁す和馬を不思議に思いつつ、二人で不足の資材を買いに行った。隣にいると少し苦しくて、少しうれしくて、少し切ない。

 だから細心の注意をして、普通に笑って普通に話した。

 告白をしたらもっと苦しくなるかもしれないけど……。


(勇気を出せなかったことで後悔するのはもう嫌だから)

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