4.心に落ちてきた自分の声
コンビニで和馬が同世代の男の子に声をかけられた。
「大野じゃん。なに? 旅行?」
友人らしき男子は和馬の中学の同級生で、今日は祖父の家に遊びに来ているらしい。二人の会話を少し下がったところで見ていた和花は、その男子から
「もしかして三原?」
と声を掛けられ、心臓が不穏な音を立てる。
よく見れば小中学生の時、同じクラスだった男子だ。
名前は憶えていないが、彼のほうは和花をよく覚えてるらしい。
何か早口に色々話しているが、和花は耳の奥がぐわんぐわんと大きな音を立てていて、何も頭に入ってこなかった。
(どうして? 私のクラスメイトだった子が和馬君の同級生? 出身中学違ったよね?)
「――三原さん、相変わらず美人じゃん。へえ、部活一緒? よかったな和馬。ずっと憧れ」
「あっ、ああ、そう、うん。憧れの生の岐阜城に行けてラッキーだったよ。じゃあな、古賀。三原さん、あんまり遅いとみんな心配するから帰ろう」
「へえへえ、なんかごちそうさん。三原さん、今度遊ぼうね~」
「しっしっ、お前も帰れ」
「うわ、つれねぇ。やーねー。俺も彼女ほしい――――はいはい、黙りますって。睨むな」
気づくと宿の近くまで来ていた和花は、ずっとバクバクしている胸を押さえて和馬を盗み見る。いつあの男子と別れたのかも覚えていない。
(和馬君はあの噂を知ってるんだ)
さっきの元同級生と友人なら、和花のことも知ってる可能性が高い。でも、和花のことだとは気づいていないかもしれない。
そう祈るように考えていたのに、和馬が申し訳なさそうに頭の後ろをかいて、ゆっくり口を開いた。
「三原さん覚えてないみたいだけどさ、俺、中一の時同じクラスだったんだ」
「えっ?」
すーっと血の気が引く。
「わかんないよね? 俺、あの頃太ってたし。踊れるデブってよくからかわれてたよ」
運動神経はよかったと苦笑する和馬の声も、和花の耳にはほとんど意味をなさないですり抜けていく。
ただ、一番知られたくない時期を知っている。その事実に震えると、和花の様子に気づいた和馬が、和花の手をとった。
「大丈夫? 手がすごく冷たいけど」
心配そうな和馬の顔に、和花の視界がすっと開けた。
入学式で助けてくれたのは和馬で、彼は和花が素顔だと知っていたと気づいたのだ。
「あの。噂……」
かすれる和花の声に一瞬首を傾げた和馬は、何か思い出したのか不快そうに「ああ」とうなった。
「バカ田たちが言ってたあれか。どうしようもないよな。あんなの事、信じてる奴なんていないよ。ほとんどのやつはあいつらがバカ言ってるって思ってただけ」
「そ……なの?」
「うん。ごめんな。担任があれだったし、俺たちの言葉なんて届かなかったよな……」
力強い肯定と、申し訳なさそうな謝罪に和花の力が抜ける。
あそこには敵しかいないと思っていた。でも違った。
和花が勇気を出して踏み出してれば、味方がちゃんと見えたのかもしれない。
呆然とする和花は、ふと和馬に真剣な目で見つめられていることに気づいて目を伏せた。
そこにいたことさえ覚えていないのに、味方のなかに和馬がいたことが素直に信じられたし、それがとてもうれしかった。
(私、和馬君が好き)
突如、心に落ちてきた自分の声にギョッとする。
自分が誰かに恋をするなんて考えたこともなかったから、とっさにバレたらどうしようと思った。
せっかく仲良くなれたのに、離れてしまうのは絶対に嫌だと思った。
――でも次の日、それ以前の問題だったことを知った。
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