第7話 兄の車が2台目です。
「お兄ちゃん、やっと車買い換える気になったの?」
基氏はリビングで8インチのタブレット端末中古車情報アプリを見ていた。
否定的だったがミニバンを見ている。
「碧純はミニバンとSUVならどっちが良い?」
「ん~車の形別になんだって良いんだよね~、乗り心地が良ければ良い」
「今の若者らしい意見でござるな」
学校帰りに遊びに寄るようになっていた結城有紀が言う。
昨今、若者の車離れが言われているが、単純に税金ががかかりすぎる+交通網が発展していて必要性が薄くなっている。税金、自動車税、ガソリン税、消費税、兎に角国は国民に車を持たせまいと躍起になっている。自動車産業で世界のトップを取っている日本なのに国会議員の頭の中はどうやらまだ、馬車が走っているようだ。いや、馬車でなく駕籠屋さんでも走っているのだろう。
だが、ここ茨城県で生活するのなら自動車は必須アイテム。
常磐線は走っているし、つくばなら、つくばエクスプレスが走っているが、バスが少なく、買い物などちょっとしたことでも不便な地域は多い。
「有紀ちゃん家は車は?」
「あるよ、パパが車好き。久しぶりに新車に買い換えるってウキウキしてた」
「へぇ~新車かぁ~良いなぁ~」
「ローンだけどね」
「ねぇ~お兄ちゃんも新車にしなよ~」
「・・・・・・ローンが組むのが難しい」
「え?」
「作家は個人事業主。よほど安定していないとローンが組めないんだよ。俺みたいに作家一本若手だとなかなか難しい」
小説家に限らず、どこかの社員などではないクリエーターは、クレジットカードの審査も通りにくい。名の知られた売れているクリエーターでも審査落ちたとツイートしている人をちらほら見かける。
「よく聞くでござるな」
「そんなもんなんだぁ~パパも個人事業主じゃなかった?」
「農家には農協があるから別枠だな」
「・・・・・・よくわかんないけど、中古で一括支払いするの?お兄ちゃん?」
「うん、一応貯金が貯まったから、その中から200万円で探してる」
「ひゅーお金持ち~」
「売れっ子なら一冊で新車買えるけどな」
「そうなの?有紀ちゃん?」
「そうでござるな・・・・・・」
どう返答して良いか迷う結城有紀は困った顔で答えた。
中古車情報アプリに条件を入れて検索している基氏、
「5人乗り以上2015年式より新しくて・・・・・・4WDってあら、インプレッサWRX買えるのもあるのか・・・・・・」
なぜかオタク受けが良いSUBARUインプレッサWRXに食い入るように見る基氏に顔をくっつけて見る碧純。
「お兄ちゃん、これもスポーツカーじゃん。あれ売らないんだったら、もう一台はスポーツカーじゃないのにしようよ」
「スポーツカーのが良いのに・・・・・・」
「先生って画面で見ている限りVIPカーが似合いそうでござったが」
「ん~父さんがクラウン乗ってるからね~」
「うん、パパずっとクラウン一筋だよね~」
「父上はクラウンに取り憑かれているでござるか?」
「なんだろ?聞いたことなかったけど好きなんじゃないかな?マークが」
クラウンと言えば王冠マークが続いている。昔は車種ごとに違ったエンブレムだが、昨今ではほとんどエンブレムは車会社の物。王冠を続けているクラウンは珍しいほうだ。
「お兄ちゃん、パパ達乗せられる車にするんだよね?痛車にしないよね?」
「え?しないの?私はてっきり『妹のためならなんでもしたいお兄ちゃん』の痛車にするのかと思っていたでござるよ」
「有紀ちゃん・・・・・・お兄ちゃんの味方にならないでよ」
プクッと頬を膨らませて言う碧純とは対照的に、結城有紀は残念な顔をしていた。
「したいけど・・・・・・父さん達乗せられる車にしたいし、ってか碧純があの車で学校来るなって言うから気にしているんだからな」
「だって痛車で迎えになんか来て欲しくないもん」
「私はまた乗りたいでござるが、先生の助手席」
ちょっと艶やかに言うと、碧純の右人差し指が結城有紀の脇腹をつついてまたまたプクッと膨れた顔を見せていた。
「・・・・・・ん~まぁ~これが無難かな?」
「どれどれ見せて」
タブレット端末に映されたのは、SUBARUエクシーガと言われる絶版の車。5人乗りのワゴン車に見えるが実は7人乗りのミニバンで、走りに定評があり、一部では復活を熱望されている。
「ん~まぁ~良いんじゃないかな」
そうあまり車に詳しくない碧純は軽く返事すると、結城有紀は、
「先生の助手席に乗れるなら何でも良いでござる」
今度は碧純に左脇腹をつつかれもだえる結城有紀。
「よし、二台目はこれに決めた」
たまたま近くの車屋で諸登録を済ませれば乗られるエクシーガがあり、2週間ほどで納車された。
「有紀ちゃんも誘ったけどレッスンなんだって」
「あ~ユエルから聞いた」
「なんか二人いるみたいだけど一人なんだからね、お兄ちゃん。有紀ちゃんとユエルは同一人物」
「それはわかっているけど、うちに遊びに来ているときは碧純の友達で、画面越しの時は仕事のパートナーなの」
「・・・・・・お兄ちゃんのこだわりがわかんないけど、今日はどこ行くの?」
「そうだな~大宝八幡宮にしようか?」
大宝八幡宮は茨城県下妻市にある神社で関東一古い八幡宮と言われている。
左甚五郎作の彫刻がある古い神社。怨霊で知られる平将門も戦勝祈願したと言われている。
「・・・・・・お兄ちゃん?この前みたいなことにはならないよね?」
「あぁ、筑波山神社でのヒット祈願か?今回は交通安全祈願のお祓いだから、それはない」
「なら付いて行くけど」
やはり大家さんの空いているガレージを借りて駐めさせて貰うことになったエクシーガクロスオーバー7。シンプルに白色。内装が革の薄いオレンジ色でお洒落だ。
「ふぅ~これで安心してお迎え頼める」
「・・・・・・悪天候の時だけだからな」
「わかってるって」
ニヤニヤと期待しているようだった。
期待しているのは碧純はアメリカ型大型会員制スーパーでのお買い物なのを基氏は後で知ることとなる。
つくば市から約1時間強、栃木方面に向かうと下間市。
広い道路から一本狭い道を入り田畑を抜けた少しだけもっこりと高い丘に入るとある神社。駐車場では『こっちに駐めな駐めな』と、全身を使って誘導しているおばあちゃんが見える。
「お兄ちゃん、駐車料金出す?」
「あっ、ここ無料っていうか、神社のお祓い場に駐めるから」
そう言って一本裏側に入る。
「さっきのおばあちゃん、なんかがっかりしてたよ」
「あれ、お土産屋さんなんだよ。買わなくても無料で駐めさせてくれるから良心的。草団子が柔らかくて美味しいぞ」
「え~だったら買って行こうよ」
「勿論買うぞ」
あんこたっぷり入った柔らかな草団子が名物で売られている。
なんでも、食べた参拝者が宝くじ高額当選したとか噂されている。そんな噂がたたなくても草餅の良い香りとほどよい甘さのあんこがマリアージュして美味しい。
ここ大宝八幡宮参拝して、近くのショッピングモールで宝くじを買うのが宝くじ好きでは有名な買い方。神社でも、その宝くじをお祓いしてくれる。宝くじ関連お守りも多い。
基氏は社務所に行き、車のお祓いを頼み一度社殿に進むと、狛犬がいっぱいの参道が続いていた。
上手く写真を撮ればインスタ映えするだろう。
碧純は悪戦苦闘していろいろな角度で試していたが、後ろから基氏が軽いチョップで止め、手水で清め、社殿に参拝した。
すぐにお祓いが出来るらしく、社殿に入って交通安全を祈願して、車もお祓いを済ませた。
勿論、本名を読み上げられる祝詞で。
「お兄ちゃんの趣味、寺社巡り」
「良いだろ好きなんだから」
「駄目って言ってないじゃん。むしろこういった系統の物語書いて欲しいよ」
「陰陽師とか?」
「神主探偵とか」
「・・・・・・書けたら江戸川乱歩賞とかのミステリー物な気がする」
「目指せ直木賞作家」
「碧純、もしかしてお願い事って、それしてる?」
「してないよ。私はずっと子供の頃から同じ事お願いし続けてるもん」
にひっと笑うと基氏の腕にしがみつきながら、前に買って貰ったネックレスを空いている左手で触っていた。
言葉にする必要のない願い事・・・・・・きっと叶うさ・・・・・・叶えてやるさ。
碧純は草団子を買い込んで満足げな顔を見せると、
「この車は絵書いちゃ駄目だからね」
強く念押ししていた。
「ラッピングしたいのに・・・・・・」
「陰陽師物語なら許す」
「陰陽師が美少女だったら?」
「許さない」
「なんだよそれ~」
「お兄ちゃん、二次元から早く抜け出してよ~」
「3年はかかるな。萌えの上にも3年」
「・・・・・・キモッ。でも~、こうやって付き合う妹ポイント高いでしょ?」
「春のパン祭りは終わったぞ」
「じゃ~夏のパンツ祭り」
「おい、ちょっとそれめっちゃ良い匂いしそう」
「変態」
「変態上等」
「まぁ、犯罪に走らないような私のパンツなら一枚くらいあげるけどね」
「体育の授業の日のパンツが良いな、ちょっとしっとりしているの」
「・・・・・・キモッ」
あんこを唇脇にいっぱい付けながら二ヒヒと笑う笑顔は、『お兄ちゃんのためならパンツもあげるよ』に出てくる妹を模写したかの笑顔だったが運転をしている基氏は見られなかった。
「有紀ちゃん、お土産今日中に食べてね」
昨日買った小さなアルミが貼られている保冷のバッグに保冷剤と一緒にしてある草餅渡す碧純。
「ありがとう。先生って寺社仏閣巡り好きなんだよね?」
「うん、そうだよ。今度、東国詣でするって言ってたよ」
「良いなぁ~私も好き。鹿島神宮かぁ~武道をしている者としては行きたいなぁ~」
「そう言う神社なの?」
「うん、武神の神様だから道場に『鹿島大明神』って書かれた掛け軸を飾ったりするんだよ」
「なら一緒に行く?お兄ちゃんはほらいつでも予定合わせられるし」
「お邪魔じゃないなら行きたいかな」
「なにがお邪魔?一緒に行こうよ」
「うん」
結城有紀は密かに基氏に恋心を抱き始めていた。
優しく、オタクという共通の語り合える物、そして憧れの作家。
惹かれる物は大きかった。だが、知る基氏の心。叶うはずのない恋愛、勝てるはずのない碧純が羨ましかった。
3人のちょっぴりとだけ隠された心の恋物語は始まったばかりだった。
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