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「よぉ、久しぶりだな」
女が座敷の襖を開けるや否やそう言って笑ってやれば、先ほど張見世で俺を誘った笑みはどこへやら、淡い夕焼け色の瞳が恨めし気にこちらを見詰めた。
「また来てくださって嬉しいですわ」
「そういう顔には見えねぇな」
ああ、これだ。この感じだ。
あの夜から何度も思い描いたやり取りに思わず頬が緩む。
「あの夜、傷なんて拵えてしまったもんだから、酷いお仕置きを受けたんですよ」
「そりゃてめぇの責任だろうよ。客の機嫌を損ねるなと教わらなかったか?」
「先に仕掛けてきたのは貴方のほうでしょう」
「さあ、覚えてねぇなあ……」
女はキッとこちらを睨みつける。
「傷が消えるまでのこのひと月、客を取れなかったんです」
口を尖らせる仕草は手練手管で客を惑わせる遊女とは思えぬ、年相応の少女のようだった。
しかし女の懸命の苦言は、たった一言を残して後は俺の耳を右から左へと過ぎていく。
ひと月か。ならば、あの夜から一度も他の男に触れられていないのかと思うと、途端に言いようのない満足感が胸を埋め尽くす。
すっかり元通りになった、透き通るように白い首筋に手を這わせて呟いてやる。
「なら……今度は首輪をつけてやろうか?」
首輪、というのは勿論本物のことではない。
お前を飼いたいとか、そんな意味でもない。
金魚はびいどろの中にいるから美しいのであって、手に入ってしまえばそこら辺の汚い川にいるフナに成り下がる。
ただ、この刀で。白い首筋に今度は一本線を引いてやろうか、と。——殺してやろうか。そういう意味だった。
「ふふ、またですか」
俺の提案に女は一度目をぱちくりと動かすと、先程までの不機嫌さはどこへやら、可笑しそうに笑った。
「私を殺してまで、貴方だけのものにしたいですか。存外独占欲の強いお方なんですね」
そう言われてみると、自分がこの女に執着していることに初めて気づく。
「金魚に首輪をつける人がどこにおりましょう」
今日も真っすぐに俺を見据えるどこか反抗的なその瞳は、金魚というよりは、びいどろの金魚を狙う悪戯好きの猫のようにも思えた。
とすると、首輪という表現はあながち間違っていなかったなと笑う。
「……てめぇみたいな金魚は初めてだ」
「てめぇ、ではなく夕凪です」
なるほど、誰が名付けたのかは知らないが、この女にぴったりの名だと思った。
波紋ひとつたてずただただ静かに浮かんでいる金魚のような姿。泳ぎ方を忘れたか、もう泳ぐ力さえ残っていないのか。
風の静まった夕暮れ時、水面を染め上げるのは、朽ちていく金魚の血だろうか。
いずれにせよそれは酷く退廃的な美しさを湛えているように思えた。
「夕凪……」
たった今手にいれたばかりの名前を呼んで抱き寄せると、今夜は刃ではなく舌をその白い首筋に這わす。
ぱしゃり。びいどろの中で金魚が跳ねた。
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