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 もう一度会いたい。

 

 心に浮上したその気持ちが、遊女ごときに自尊心を傷つけられた怒りなのか、この自分に盾突いた恐れを知らぬ女への興味なのかは分からない。

 

 かといってただその感情に突き動かされるまま直ぐに会いに行くのは、俺のプライドが許さなかった。大層な志を掲げておきながら、たった一人の女に心動かされた自分が滑稽に思えたからだ。

 

 そうしてひと月が過ぎた頃。

 俺はとうとう、再び吉原へと足を踏み入れた。


 四半刻もしないうちに、三味線が弾き鳴らされ、夜見世が始まりを告げる。

 道行く男たちが行灯の灯りに引き寄せられる様を他人事のように眺めていると、突如周囲の男たちがどよめきたち、我先にと張見世の格子に駆け寄り声を上げ始めた。


「おい見ろ! 夕凪だ……!」

「本当だ! えれぇ久しぶりじゃねぇか!」

「ありぁ直ぐに太夫になるぜ……」

「番付のに載る日もそう遠かねぇな」


 うじゃうじゃと、まるで光に集まる蛾の群れだ。

 苛立ちを感じながらも、被っている笠を僅かに持ちあげて男達の視線の先を追う。


「……成程。これは仕方ねぇな」


 気付けばそんな言葉を口にしていた。


 妓楼の紅い格子の向こう、大行灯の灯りに照らし出された姿は、紛れもなくあの夜の女だった。

 人だかりの中、俺の姿を見つけた女は一瞬驚いたように目を見開いたが、直ぐに微かな笑みを浮かべたかと思うと紫煙をふぅっと吐き出した。


 ——こっちへ来なんし。

 

 梅の花びらのように小さな唇が動く。


「フッ……飛んで火に入る夏の虫たぁこのことかね」


 煙管を懐に仕舞い人混みをすり抜け妓楼の男衆に「右から2番目の女を」と告げると、この数週間頭の中に立ち込めていた霧が晴れていくような気持になる。


 二階の座敷へと向かう階段を一歩踏みしめるたびに安堵感が俺の胸を満たした。



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