両片想いVR

@yoguru2

両片想いVR

 私、佐伯さいき吉乃よしのには誰にもいえない秘密がある。

 

「よしのんは他に買いたいものあるんだっけ?」

 

 隣を歩く彼女は天ヶ瀬あまがせ七瀬ななせちゃん。 

 幼稚園の頃からずっと一緒で、クラスでも人気者なとても可愛い女の子。



 私は七瀬ちゃんのことが好きだ。



「よしのん? ぼーっとして、どうかした?」


 七瀬ちゃんが私の顔をのぞき込む。

 長くて綺麗な黒い髪から春みたいな柔らかい香りがする。

 ぱっちりした目で見つめられるとドキドキして心臓の音が七瀬ちゃんにまで聞こえちゃわないか不安になる。


「なんでもないよ、大丈夫! 私は……あとはハンカチ買っておきたいかな」


「オッケー。じゃあ行こっか」


 七瀬ちゃんはいつも私を引っ張ってくれる。

 頭が良くて優しくて、頼りになる。

 いつからかわからないけど私はそんな彼女にかれていた。


 昔はいつも前をいく七瀬ちゃんに置いていかれたくなくて、隣でずっと手を繋いでいたけど、最近は緊張して手の繋ぎ方もわからなくなっちゃった。


「よしのん、またぼーっとしてない?」


「そんなことないよ。早く行こ!」


 気持ちを伝えたら七瀬ちゃんはきっと困っちゃう。

 それにもう隣にいられなくなるかもしれない。

 だからこの気持ちは誰にも内緒。

 私は外に出したらすぐに壊されてしまいそうな大切な感情を心の奥底でそっと1人、宝物のようにいつくしむ。



***



「ちょっとそこのお嬢さん方、VRの体験会をやっていますがいかがですか?」


 電気屋さんの前を通り過ぎる時、店員さんらしき人に声をかけられた。

 かっちりとしたスーツのビジネスマンって服装で、髪の毛も七三分けの真面目で仕事ができそうな人だった。

 電気屋さんの制服じゃないのは違和感があったけど、人当たりの良さそうな笑顔とよく通る声につい足を止めてしまう。


 七瀬ちゃんも同じだったみたいで、VR体験会の看板に視線が釘付けだ。


「興味あるなら聞いてみる?」


「そうだね。よしのんも大丈夫?」


 ダメなわけがない。

 七瀬ちゃんの興味があることはなんだって知りたい。

 少しでも長く一緒にいて思い出を重ねたい。


「もちろん大丈夫だよ」


「すみません。この体験会って何ができるんですか?」


「興味を持ってくれたみたいでありがとうございます。実はこれ、最先端のVRで世界各地を観光できるんですよ」


 スーツの男の人は九重ここのえという名札をつけていた。

 九重さんはパンフレットからニューヨークやパリ、エジプトの写真をパンフレットから見せてくれた。


「でもそれって他のVRと変わらないんじゃないですか?」


「そこはズバリ体験していただきたいところです。装着いただければわかりますがリアリティが違います。没入感が違います。VRがバーチャルリアリティだとしたらこの製品はアナザーリアリティ、もう一つの現実ですよ」


「略してARだと拡張現実と被っちゃいますよ」


 七瀬ちゃんが笑って指摘する。

 私はこういうのにあまり詳しくないからVRとARの違いもわからないけど、九重さんの説明はすごくワクワクした。


「遊びだと思ってぜひ試してみてはいかがですか?」


 七瀬ちゃんは九重さんの言葉が本当か疑問に思っているみたいで、パンフレットの説明を食い入るように読んでいた。


「体験版は一部機能が制限されてまして、行けるところが東京だけなのと記憶がセーブできないので、そこだけご了承ください」


「記憶のセーブ?」


 それもVRの用語なのだろうか。

 なんだかゲームみたいだ。


「なんでも、リアリティがすごすぎるから現実と混同しないように記憶はデータとしてセーブして、この製品にログインした時だけ思い出せるみたいだよ」


 七瀬ちゃんはパンフレットからデータの記載を見つけたのか、指差して見せてくれた。

 また顔がちかくなって、内容なんてよくわからないや。


「でもこれって忘れちゃったら意味ないんじゃないですか? 体験しても誰も買おうってならないでしょ」


「そこはご心配に及びません。体験した記憶は無くなっても込み上げたは忘れませんから。この体験を経て、素晴らしい経験ができた気がする。とても楽しかった気がする。そう思っていただければきっとお買い上げいただけるはずです。それとここだけの話、あまりにリアルすぎると実際の観光地に行く人が減るんじゃないかということで、旅行会社や観光地から圧力も受けてるんですよ。感情だけ残れば、現地に行く人も増えると思うので」


 本当か嘘かわからない九重さんの話に、徐々に胡散臭うさんくさく思えてきたけど、タダで体験できるならやってみてもいいかなという気持ちになってきた。

 七瀬ちゃんも同じみたいだ。


「せっかくだしやってみます。よしのん先にやる?」


「こちらお二人で一緒にご利用いただけますのでどうぞこちらへ」


 九重さんに連れられて試着室みたいなブースへ案内された。


「VRは動きも伴うので、お店の真ん中ではお恥ずかしいかと思いまして」


「それはそうかも……」


 七瀬ちゃんと別々だったら、ゴーグルをかけてワタワタする私をみられるのが恥ずかしくて体験もやっぱりやめてたかもしれない。

 でも七瀬ちゃんと2人きりで東京を歩けると思うと、すごくドキドキするな。


「今度の修学旅行も東京だし、下見だと思って色々観てみようよ。記憶は消えちゃうみたいだけどさ」


 七瀬ちゃんが笑いながらゴーグルをかけた。

 笑顔は可愛いし、ゴーグルをかけてもさまになってるなんて七瀬ちゃんはさすがだ。

 私もゴーグルをかける。

 一瞬体が浮いたような感覚がして、目の前が真っ暗になった。



***



 視界が開けるとそこはテレビや雑誌で見たことのある建物の前だった。


「すごいよ! よしのん! 東京駅だ!」


 七瀬ちゃんの興奮ぶりもすごいけど、確かにこれは現実と言っても過言かごんじゃないかも。

 ゴーグルをかけてる感覚はないし、顔を触ってもゴーグルの存在がわからない。

 歩いている人も本物みたいだし、風が頬をでる感触も、心地よさも確かに感じられる。

 すれ違う人たちの話し声もリアルだし、仕組みはわからないけどこれは確かに最新技術だ。


「よしのん! ぼーっとしないで早く行こ!」


「行くってどこに?」


「浅草にしよう。本当の修学旅行だと時間が無くて諦めたけど、着物レンタルして浅草巡ろうよ」


 それは修学旅行で私が言い出して、時間もお金も限られてるからって諦めたプランだった。

 七瀬ちゃんがそれを覚えてくれていることが嬉しい。

 現実じゃないし、記憶は忘れちゃうのかもしれないけど、この嬉しい気持ちは残ってるといいな。


 着ている服は変わらないけど、財布の中身は何故か増えていた。


「一万円札がこんなに……」


 七瀬ちゃんも思わぬ大金に困惑しているみたいだ。

 どうせバーチャル世界なんだから無料でも良さそうなのにそこはリアリティを出すためなのかな?

 私たちは湧いて出てきた一万円で切符を買った。



***



 地図を見ながら、慎重に乗り換えて無事に浅草にたどり着く。


 私が調べていたお店は現実通りにお店を構えていた。


「これって許可取ってるのかな?」


 七瀬ちゃんは仕組みが気になるみたいだけど、私は正直なんだってよかった。


「早く入ろうよ」


「そうだね」


 返事はくれたけど七瀬ちゃんは動き出さない。

 不思議に思ったけど、待ちきれなくて私が前に出てお店の扉を開いた。


 七瀬ちゃんは少し難しそうな顔をしながらすぐ後ろをピッタリとついてくる。

 何か仕組みで気になることがまだあるのかな?


 七瀬ちゃんはピンクの、私は薄い黄色の着物をたっぷり1時間かけて選んだ。

 どちらも花柄でとても可愛い。

 他にも着てみたいのが沢山あったけど、全部試してたらそれだけで1日経っちゃいそうだ。


 お店を出ると七瀬ちゃんが突然手を繋いできた。


「さ、よしのん行くよ」


 多分七瀬ちゃんから手を繋いでくるのは初めてだ。

 突然の出来事に胸が苦しくなる。


「どうしたの? よしのん、苦しいの?」


 ズバリ私の気持ちを言い当てる七瀬ちゃん。

 もしかして手を伝って私の気持ちがバレちゃったのかな?

 なんて馬鹿げたことを考えるけど、胸の高鳴りは止められない。


「……私もなんだよね」


「え?」


 七瀬ちゃんの顔が赤い。

 何が私もなの?


「帯が苦しいんだよね」


 七瀬ちゃんが恥ずかしそうに言う。

 なんだ、そういうことか。

 でも助かった。


「そうなんだよね。結構きついんだね」


 七瀬ちゃんは私の手を離さず、前みたいに引っ張ってくれた。

 浅草の観光地を巡ってる時も、食べ歩きをするときも、ほとんどずっと。

 いつから手を繋がなくなったのか、それももう覚えてないくらいずっと七瀬ちゃんのことが好きな気がする。

 でも、これまで繋がなかったぶんを取り戻すくらいずっと手を繋いでいた。

 こんなに幸せなら、きっとこの気持ちも残ってくれるはずだ。



***



 夕方には着物を返して、もんじゃ焼きを食べることにした。

 これも私が食べたいと言っていたものを七瀬ちゃんが覚えていてくれた。


「VRだし、どれだけ食べても太らないはず! たくさん食べるよ!」


 七瀬ちゃんは気合十分にメニューとにらめっこしてる。

 こういう普段しっかりしてるのに無邪気な一面もあるのがずるい。


「よしのんは海鮮好きだよね。海鮮もんじゃにしよう」


 また私のこと。

 本当に嬉しすぎる。

 こんなに素敵な七瀬ちゃんだからお返しだってしたくなっちゃう。


「七瀬ちゃんはチーズ好きだもんね。このもちチーズもんじゃも頼もう」


 七瀬ちゃんが私のことを知ってくれている以上に、私だって七瀬ちゃんのことを知ってるんだ。

 そして七瀬ちゃんがどんなに私のことを知ってくれても、私のこの愛おしさは七瀬ちゃんが決して知ることはないんだ。


「そんなにいっぱい食べられるかな?」


「さっきたくさん食べるって言ってたじゃん」


 七瀬ちゃんが笑ってる。

 私も釣られて笑顔になる。

 こんなに楽しい思い出を全て忘れちゃうなんて残酷だよ。



***



「VRで満腹感が感じられるなんて、どういう仕組みなんだろうね」


 七瀬ちゃんが苦しそうにお腹をさすってる。


「わかんない。けどどれだけ食べても満腹にならないようにしてほしいね」


 お腹はいっぱいだし、1日歩いて足はパンパンだ。

 私たちは最後に東京が一望できる展望台に行くことにした。


「本当の修学旅行だと昼に来るから夜景見れないもんね」


 夜景は本当に綺麗で、視界がキラキラで溢れてる。

 きっとロマンチックなプロポーズにうってつけだ。


 いつの日か私も誰かにプロポーズされるんだろうか。

 その想像で隣にいるのは七瀬ちゃんじゃない。

 それが無性に寂しい。

 こんなに好きだけど、この関係は壊したくない。

 でもいつか七瀬ちゃんが他の人と恋人になって今日みたいな時間を過ごすのを想像すると苦しくてたまらない。


 七瀬ちゃんの横顔は夜景に負けないくらいキラキラ輝いてた。

 七瀬ちゃんは今どんな気持ちでいるんだろう。


「どうしたの?」


 七瀬ちゃんが私の方を見てくれた。

 いつも七瀬ちゃんは振り向いて、私のことを気にしてくれる。


 そんな七瀬ちゃんが好きだ。


 今日何回も確かめた感情だ。

 心の奥底から取り出しすぎちゃったのか、思わずこぼれ落ちちゃったみたい。

 無意識に七瀬ちゃんの手を握っていた。


 七瀬ちゃんは驚いたみたいだった。

 でも嫌じゃないみたい。


「嬉しい」


 七瀬ちゃんの笑顔が弾ける。

 私の手にそんな価値があるのかわからないけど、私も嬉しい。


「よしのん、最近全然手繋いでくれなかったじゃん。だから私、嫌われたのかなってちょっと不安だったんだよね」


 そんな風に思ってたなんて知らなかった。

 七瀬ちゃんはクラスの人気者で、きっと私が手を繋がなくても色んな人に囲まれて十分なんだと思ってた。


「全然、そんなことないよ。私が七瀬ちゃんのこと嫌いになるわけないじゃん」


 魔がさした。

 どうせ記憶を忘れちゃうなら、この仮想の世界でなら、私の想いを伝えることも許されるんじゃないかと思ってしまった。




「私は七瀬ちゃんのことが好きなの! 好きで好きでドキドキしてたまらないから、緊張しちゃって手を繋げなかったの! だから嫌いじゃなくて好きで、でもこんな……嫌いに……ならないで」




 自然と涙が溢れてた。

 七瀬ちゃんは空いてる手で私の目尻を拭ってくれた。




「私はね、いつも手を繋いでくれるよしのんがいたから頑張れてたんだよ。知ってた? 私ってみんなからはしっかりしてるって思われてるみたいだけど、暴走しがちだし結構無茶もしちゃうんだよ。でもよしのんが手を繋いでくれて、そっちはダメだよ、それは危ないよって言ってくれるから踏みとどまれるし、だからこそ目一杯私らしくいられるんだよ。だからお願い、私の手を離さないで。私もよしのんのこと好きだから」




「……その好きって」


「よしのんと同じ好き。だからお願い、泣かないで」


 夢みたいだった。

 嬉しくて嬉しくてたまらない。


 でもこの思い出ももうすぐ消えてしまう夢だ。


「嬉しい。七瀬ちゃんにそう言ってもらえるなんて本当に幸せ」


「私も、今日1日勇気出してよかったな」


 七瀬ちゃんが私の行きたいところに連れて行ってくれたのも、やりたいことを実現してくれたのも、自分から手を繋いでくれたのも全部すごく勇気を出してくれたんだと気づくと、これ以上ないってくらい好きだったのに更に好きになっちゃう。

 

「そんな七瀬ちゃんの勇気があったから、私も想いを伝えられたんだよ」


「よかった……でも、せっかく両想いになれても今日のこと全部忘れちゃうなんて、残酷だね」


 七瀬ちゃんは悲しそうに笑う。

 目に溜まった涙は今にも溢れそうだ。


「大丈夫だよ。強い感情は残るって言ってたじゃん。だから私たち、お互いに目一杯好きだって思ってたら、きっと大丈夫だよ」


「でも私たち、ずっとお互い好きだったのに現実じゃ勇気を出せなかったんだよ?」


 七瀬ちゃんがいつになくしおらしい。

 私の知らない七瀬ちゃんを知ってそれでまた好きになる。


「絶対大丈夫だよ。だってもうこの好きは隠せないくらい大きいもん。どんなに隠したっていつか私の好きが溢れてバレちゃうから。だから七瀬ちゃんも私が早く好きを溢れさせられるように、私にもっと好きにさせて」


「わかった。でもよしのん、私の好きだってよしのんに負けないくらい大きいってこと忘れないでよ。きっと今度は私の方から告白しちゃうよ」


「それも素敵」


 私たちはくしゃっと笑って大粒の涙をこぼした。

 そしてどちらからともなく顔が近づいて……



***



 目を覚ますといつの間にかゴーグルは取れていた。


「いかがでしたでしょうか?」


 説明された通り、何をしたのかさっぱり覚えてないや。

 

「楽しかった気がします……多分」


 七瀬ちゃんも自信なさげだけど、私も楽しかった気がする。


「それはよかったです。お帰りはこちらからどうぞ」


 九重さんはなぜか購入を迫ってこなかったけど、助かった。


 今はそういう気分じゃないや。


 胸が苦しい。

 苦しいけどなぜか暖かい。

 覚えてないけど、とても楽しくて嬉しくて幸せで愛おしい。

 多分そんな時間だった。


 七瀬ちゃんと目が合う。

 お互いさっとそらしてしまう。


 でも大丈夫。


 私たちはどちらからともなく、手を繋いでいた。

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